写真を撮る暇がない・・・。
(写真といえば、最初のうちは、物珍しさ半分、うれしさ半分で、みんな、Kumuと写真を撮ったりしておりましたが、そのうち、Kumuの存在が当たり前、になってくるので、普段から近しい人と写真はあまりとりませんよね。だから、あまり写真も撮らなくなってしまうものです・・・)
ポットラック中、Kumuの腰痛もあることから、
「ちょっとやってくれ」の一言。
ってことで、私の専門分野のLomiを1時間ぐらい。
明日はKahikoです。
逃げていくという発想ではなく、フラを通じて、どのように精神的、全霊的に、豊かな生活を、そして自分に厳しく、調和をもって生活ができるか?を考えることがもっとも重要なのである。
日本で開発されていくものではないので、基本に忠実になるためには、当然、フラに精通した、ハワイのクムフラからの指導、指示があるべき。
それがなければ、いくら頑張ったとしても、「何に頑張るのか?」という目標がはっきりしません。
このハラウは、フラに対して頑張りません。むしろ、フラを学ぶための準備、精神的、肉体的な強さ、そして、スピリチュアリティの理解が必要で、その理解が進めば、フラはうまくなると信じています。
要は、頑張る必要はない。えばることもいらない。必要なことは、フラを理解する。ということです。
メリーモナークフェスティバルの動画がよくyoutubeでも流れています。
フラを理解している人たちのリアルな映像をみたり、Hulaで使われるハワイ語の意味を調べたり、してみるだけで、少しずつ知識の閾値が上がるはずです。
そうすれば、今自分がやっていることが正しかったのかどうかの検証をすればよいでしょう。
うまく踊ることを追いかけ、単なる振付の記憶力がついたところで、踊っている意味がわからなければ、メッセージ性は全くない。カホロのハンドモーションさえ、理解がない。
これを求めている人であれば、ケアバホウに入れませんし、居ません。
今日は2つのオリをKumuから伝えてもらいました。
明日はNa Ponohula。OhekapalaとPa'uを作成します。
写真は、Kumuとともに、イプ畑を・・・。
考えてみると、この1年。クムと過ごしている時間が非常に多い。
自分の友達に会う時間よりも、多いとおもう。
前のブログで、ハワイ州50周年記念の日、Kumuは、ケオラビーマー(Nona Beamerの息子で、スラッキーギターでとても有名)と一緒にプレゼンテーションをしていたそうです。
話は尽きない。
今日は、阿賀野川の花火
大会があり、それを空港から直接一緒に見に行きました。
空港ではハウマナとケイキ達でお迎え。
クムの服装はアロハシャツにロン毛で、髭もじゃ。ローソンにも入って行ってしまいます。
ちょっと、通報されそうな感じですよね。
花火は、ちょっと外が寒くて。
今回、クムは自前のイプヘケを持参。ハラウで使っているラウハラに乗せておきました。
このイプヘケから物語が語られます・・・。
8月21日。ハワイがアメリカの50番目の州となって、50年が経過した。
通常、アメリカ人の50歳の誕生日は、人生の中で最も盛大に行われる。「BIG 50' アリバーサリー」というもの。
しかし、今年の、この記念日は、ささやかに行われただけでなく、ハワイ各地で会合や、会議、コンベンション、カンファレンスが相次いで行われていた。
ワイキキで行われたコンベンションには2000人が参加した。
「過去の出来事はすでに終わったこと。次の
50年に向かって・・・」という話。
日本人もハワイの悲痛な過去については知らない人のほうが多いだろう。
なぜ、盛大にお祝いができないのか。その理由を本当に考えてみた人はいるだろうか?
戦争のための前線基地として、ハワイという土地柄を必要とし、当時アメリカのフィリピン侵攻と同時に、強引にハワイを奪取。そして、その後の悲劇はご覧の通り。
カホオラベ島は、Target Islandと言われ、軍の演習のための、爆弾を落とすための、標的の島、として利用されていたのはつい最近までなんです。
戦後、州となり、その後50年経過。アメリカ人の憩いの島として観光資源のために、乱伐、開発。しかし、現在では、日本をはじめとする観光客の激減(ピーク時の半分以下)では、産業が成り立つはずもない。なぜなら、ハワイの地の利がないカルケージアンが考えているのだから。
ついには、過去の出来事は、もう終わったことだから、みんなで、次の世代に向かって考えよう。という主張。
はたして100%納得が行くのだろうか?
レイを作るときに必要なTi。ハラウでは、Tiを育てています。それはハウマナ全員の義務です。
葉1枚を育てるのに、どれだけ時間がかかることやら。その1枚を何の気なしに、お金で買ってしまうことは簡単ですが、大切にしてほしいことは、自然の大切さを理解してほしいのと、自然と対話をしてほしいからです。
開発した土地は元に戻るためには、時間がかかるのです。
ハワイの土地がハワイとして戻るためには、残念ながら、私が生きているうちに叶うことではないでしょう。
この日、先住民たちのグルーブが歪曲された歴史認識についての復権を訴えるデモを展開していたとのこと。
今週、クムによる「集中レッスン」があります。
つい、「ワークショップ」と書いてしまいそうになるのですが、そうではありません。
「レッスン」です。
レッスンは厳しい。というより、レッスン前が厳しい。
自分のクムだから、言うわけではないが、とても「地に足が付いている」。そして、今何を伝え、どうやって組み立てていくか、ということを、とても考えてくれている。
Keawahouの考え方=そしてクムチャールズのHulaの考え方として、
「フラはお金で伝えるものではない」と常々言っており、
そこで行われるレッスンに掛かる費用は、ほとんどボランティアに近い。
クムはマウイ島から、それを実践しています。
一回きりのワークショップで楽しむ形式の「お客さんと講師」という図式にはならない。
レッスン(授業)を受けたい人が集まり、指導を受ける「先生と生徒」であり、
それはHalauがフラを次世代に受け継ぐには大切なこと。
正確に伝えるためには、厳しくなる。厳粛になる。ということ。生徒は、肉体面、精神面、スピリチュアル面の充実は欠かせないのです。
来週火曜日より1週間ほど、新潟(新発田)で、黒くてとても大きい人がウロウロしていると思います。
アスファルトの道は、車がタイヤで走るために整備されているのだから、
もし車がタイヤではしらなくなったら、
アスファルトはいらないよね。
っといってもそれは無理な話ですね。
地下からシミ出てくる湧水が沼地を作り、そこにまずは地衣植物であるシダが誕生。
それは高校の生物で習うことです。
Hawaiiとは、Hā (命・呼吸・息)と、Wai(泉)の造語。
すなわち、命の源そのものであり、太平洋の真ん中に位置する。
これほど自然に富んだ場所は、なかなかありません。
命に感謝をし、自然に感謝をする心を忘れずに。
その2.
同じ時期、私が翻訳したハワイの歴史本
「ほとんど知らないハワイの歴史物語」という本が、全国の書店で一斉発売となります。もちろんインタネットでの購入もできます。
上記2つの報告ですが、実は
このごろ不思議なことがたくさん起こっていると思うのです。あまりに偶然の出来事が立て続けに起こっているような気がします。気がする、というのは語弊があり、実際に「起こっている」ということが、「事実」なのです。単に自分たちが少しずつ、少しずつ成長を重ねた結果だけではないからなのです。その詳細についてはブログではお話ができないこともありますが、ハウマナにはレッスンの時に話をします。
ちょっぴり難しい表題ですが、Hulaに関わる人間としては、とても大切なことです。
大切なのは「気持ち」
それも、もっともっと深いところの「気持ち」です。
私の考えることを述べていきます。
Hulaの多くは、ハワイの物語に属する内容が多いですね。たとえば、Pele、たとえば、Lohiau、Laka、Hopoe、そして、Hiiaka。
現存する(した)か、しないかは別として、その物語からの
メッセージは、Hulaの基本であり、中枢であり、すべてなのです。
少し話がずれますが、私の考え(Keawahouの考え)は、「Hula=Alohaな気持ち」ではありません。
Hulaを理解し、知識にしていく過程において、よくばらず、やさしく、調和を考え、楽しく、謙虚で、我慢し、継続していくことが必要なのです。
つまり、Alohaそのものの考え方は手段であって、Alohaな気持ちを持つことが、目的ではない。ということ。これをまずは持ち合わせることで、次のステップである、物語の理解へと進みます。
物語は、日本にも古来から「昔話」「逸話」というものがありますが、それと同様です。諸外国にも、「グリム童話」に代表されるような物語がたくさんのこっていて、その多くは、実在したか、しないかは別として、人々の道徳心、社会性を学ぶツールとして、使われているケースもあります。
桃太郎や、金太郎、花咲爺さん、かぐや姫が、実際にいたのか?というとそれはわかりませんね。
ハワイの物語も同様。Laieikawaiという双子の姉妹が住んでいるPaliuli。そんな楽園は本当にあったのでしょうか?
「そんなのないよ」と言ってしまったら、その時点で、あなたにとってのHulaは終了です。
Hulaのハンドモーションは、あくまで、その物語を描写するMele(Oli)を表現によって補完するものであって、その物語を理解した状態で存在する「体」から湧き出てくる、とても深い「気持ち」を表現することです。
物語や逸話のようなハワイの歴史物語を、まるで子供が童話を読んだり昔話を読んだりする気持ちと同じ気持ちになれますか?
実質社会から逸脱し、いわば「精神世界」に近いフィールドで物事を表現できますか?
ハワイ人は、すべての知識、行動は、祖先から受け継がれているし、困ったときは、その導きが神や祖先からいただけるものと思っていますが、あなたもそう同じように考えられますか?
すべての自然には、あらゆる神が存在し、その神を恵みをいつも頂いていて、緑の恵みをいただくときは、必ず許可を求めて、許しを乞うことができますか?
もし1つでも「そんなわけないよ」と思っているのであれば、私たちが思っているHulaとは違います。
でも、それはそれでよいでしょう。一人ひとりHulaに対する解釈は違いがあるのですから。
中枢部分である「深い気持ち」が変わらない限り、何年。何十年、Hulaと向き合っても、表面だけの上達なのかもしれません。
写真は、kowali (モーニンググローリ)、つまり「あさがお」のこと。
風が吹くと、踊っているように見えるので、Oliでよく用いられています。
学校で分からないことがあったら、先生に
質問する。当然のことです。先生は知識袋なのです。
専門家であって、人格的に素晴らしい。人を引き付ける。それでいて、すべて質問について答えてくれる。わからないことは調べてくれる。それ、当然のことでしたよね。
仮に、「フラ」という専門領域があったとしましょう。「フラについて分からないことがあったら質問すること」は、当たり前ではないのでしょうか?
しかし、もし、そこで、「虚勢を張っている姿」や、知ったかぶって話をしていたり、間違った知識を教えていたとしたら、そこで初めて、先生を変える決断をするとよいかもしれません。
Kumuとはハワイ語ですが、英語に訳すと、Teacherです。しかし本来のKumuの意味は、単なる指導者ではなく、「ハワイの知識そのもの」であって、それを自分たちの子孫に伝えていけるための資質を持っている者なのです。単にフラを教えるものではない。
Keawahouでは、Hulaを学ぶに大切なOliの発声、ハワイ語、そしてレイを作っています。特にレイに関しては、大自然と向き合う最高のレッスンです。
パラパライという熱帯地方のシダを良く使います。しかし、シダをどのようにレイにしていくかが重要です。「通常」という方法がありませんので、その時のシダの状態、量を見ながらです。
よく、間違った知識で、頭につけるカヒコのレイは「Haku」という認識をしている人が多いようですが、全くの間違いです。Hakuとはレイの編み方の方法・技法のことです。
以下、良く耳にするまちがいです。
「レイポー」
「クウペエ」
「ハクレイ」
発音が全く違いますし、その認識も違います。
「知ったかぶり」をせず、くれぐれもご注意を。
私は、「知らないふり」をして、みなさんの答えを引き出そうと思っています。
写真はラウアエのレイです。
私たちがワールドフラカンファレンスに参加した際、2回ほど、Huaka'i(日本語で「遠足」)に出かけました。遠足先はオアフ全域。私が選んだのは、Fishpondと、Ka'ala Farmの2箇所。
私自身、感じたことが2つあります。
1つは、「今日の」Waikikiが特別なところであるこということ。
日本も同じような場所がたくさんあります。それは、大都市圏。東京や大阪という大きい都市の中にいると、そこで起こっている生活、特に便利さが当たり前のように感じます。催し物はすべてその中でやっています。
一方、地方の人間は、大都市に行かないとなかなか手に入らないものがあります。いまはインターネットが普及していますので、以前ほど不便に感じることはないかもしれませんが、それでも、不便を感じることがあります。
しかし、
大都市で過ごしているのは、日本の総人口のたった数割。
東京の人口は、1300万人。これは日本の人口のたった10%に過ぎない。
つまり、地方で住んでいる人のほうが、都市圏に住んでいる人よりも多いのです。
その便利さから、「地方に行って何かをする、ということをしなくなります。」
Keawahouの事務局は新潟にあります。ときどき問い合わせの中で、
「東京に住んでいます。私の住んでいる駅の近くでレッスンをやっていいませんか?」
という東京居住の人がいる半面、
「福島に住んでいますが、なんとしてもレッスンに参加したいのですが?」
という福島居住の人もいます。
東京から離れてみると、大都市の「特別さ」は、よくわかります。
いかにホノルルが人口が多い都市なのか。
しかし、実際のOahuは、自然溢れる豊かな大地そのもの。
ハワイ人のための時間が流れるPapa(父)そのものなのです。
その2。
その田舎地域に行くと、そこには、ハワイそのものがあって、決して作られた都市はない。
会う人会う人、ハワイの歴史の話になった際に口にする言葉。
「Illegal overthrow(不法な王政廃止)」
忘れもしない、1893年1月17日。リリウオカラニ女王に降りかかったアメリカの強引なハワイ王国の乗っ取り劇は、アメリカ政府も、1993年10月27日、正式に謝罪している。
しかし、ハワイ人忘れていない。
曰く
「アメリカが50州になろうと、ハワイ人にとっては全く関係ない。でもそんなことを今言ってもそれよりもこれからのことを考えたい。いずれ歴史は繰り返すのだから」
そう、歴史は繰り返す。つまり、戻る、ということ。
自然がECOという言葉で見直されている昨今。これから起こるべき社会は、どんな社会になるのでしょうか。
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KeawahouではKapa makingを行います。単に作るだけではなく、そのための知識の準備は不可欠です。これはHulaの前にそのOli,Meleの背景を知るというプロセスと同じです。ただやるのではなく、まず講義、そして実践ですね。
さて、Kapa Makingは、Kapa の神、Ma'ikohā(マッイコハー)の2人娘、Lauhuki(ラウフキ) と La'ahana(ラッアハナ)の物語といえます。Lauhukiは、Kapaを
作るプロセス。すなわちWaukeから樹皮を剥ぎ、叩き、Kua lāʻauの上で、 Iʻe kuku で叩きつなげて、伸ばしていく工程を担当。Kukuとは、「叩く」
Lau・Hukiと考えれば、Lauは葉、Hukiは引く。Lauhukiは、Kapaを浸す。という意味がありますよね。
一方のLa'ahanaは、複雑な彫りデザインをつけたり、自然の色を使って染めたり、'Ohekapalaを使ってプリントをしていくという、より洗練されたKapaを仕上げるための工程を担当。
La'aは神聖な、hanaは仕事。という意味があります。
一緒に作りましょう!今月末に、Keawahouのハウマナは、La'ahanaになります。
謙虚=「Haʻahaʻa」
新潟のハラウ(スタジオ)には、フラに関係するあらゆるものがあります。
意味もなく存在しているものは、なに1つとして、ありません。
フラを学んでいく上で大切なものは、
「Nursery」。
育てること。育てていくこと。
出来上がったものを磨いていく、というプロセスよりも、楽しいし、やりがいのある部分です。むしろ...
出来上がったものをKeawahouの考える方向にシフトしていくことは、とても難しいのです。
たとえば、カヌー。
いくら見栄えがいいカヌーを、他の場所で作り、私達のところで上手に走らせようとしても、
制作者と船長の考える方向性が同じでなれば、うまく行くはずがない。
つまり、「自分はうまい」と思っている人ほど、修正は困難で、
そんな、「自己顕示欲」よりも、Keawahouで求めている人材・Haumanaは、
謙虚な心を持っている人。もっと成長したいと思っている人なのです。
謙虚=「Haʻahaʻa」
このHはALOHAの「H」
Malihiniとは新しい人(新参者)のこと。
Keawahouでは、Haʻahaʻaを持った人のみ、待っています。
カヌーを入れる建物のことを「Halau」と言います。私たちは、ここでいつも待っています。
写真は、Kukuiの種。キャンドルナッツといわれるKukuiです。
これをどうやって使うかは、Haumanaのみんなに、お伝えします。
中心的なものでもあり、
すなわち、フラを通して学んでほしいものとは、「気持ち」そのものなのである。
大人になってからフラに出会った人の場合、フラが歪曲して伝わる可能性があり、偉ぶったり、知ったかぶりをしたり、むしろそのほうが心配。子供のような素直な気持ちでフラと向き合ってほしいです。
写真は、スタジオの外のイプ畑で。
ハワイの知識をシェアしてください。と、いう半面、
フラの1つ1つは、古代クムフラから一つずつ、「与えられる。」
これは単に、すべてのPonoをみんなで共通に持つ、というものではない。
フラの知識、曲、チャント(特にトラディショナルなもの、やカヒコ)についての話など、Kumu チャールズとカウアイ島に行ったとき、8月「Give」される内容について、いろいろと相談
をしたのですが、
「この曲をヒロにあげるつもり」という内容の英語でGiveという表現がつかわれます。
Teachではなく、Giveなのだ。
なので、この考えは、知識をともにシェアするという考えと相反する。
すなわち、シェアできる内容と、シェアできない内容があり、
ハラウは知識を伝えていく、という伝統的な作業を続けていく限り、シェアだけではうまく伝わらないとしたら、それは、正解であって、
万人に共通することと、ハラウで伝え続けていくことは違う。
伝えられたものを、次の人につたえるための準備、ハラウの役割を全うするためには、時には厳しいこともあり。時に楽しいこともある。
限られた人生の時間軸の中で、また、90分レッスンという貴重な短い時間のなかで、後回しせずに、常に、レッスン前とレッスン後の自分が、違う自分になれるように。レッスンの90分間楽しく過ごすことも大切。でも、それだけでなく、前に進む勇気を持ってほしいと思う。
写真は、カヒリ。ジンジャーの一種で、レイに使われます。
もともとは原産は中国ですので、カヌープラントです。
昨日からカウアイにいます。
昨日は、北側まで行き、ハナレイを通過し、今度Kumu Charles が伝えてくれるカヒコに出てくるCave2か所(本当は洞窟は3か所ある)見ながら、Lakaの...
ヘイアウを目指すものの、道の途中で金網が張ってあり、中まで入れず・・・。Wailua Riverを上がり・・・。など。観光というよりも、Oliとマッチングした話をずーっとしておりました。
経験があるかもしれませんが、毎日顔を合わせていると、話す内容がなくなってきます。
特にそれが、先生が相手となると。適度な緊張を持ちながら。
と、それとは別に、個人的にどうしてもしたかったことがあり、それは、放置されている日本人の移民者の墓参でした。数年前、その惨状を目の当たりにし、その後、必ずお線香をあげたいと、事あるごとに思っていたことでした。
ワイキキのドンキホーテでお線香を買い、今回行ってきました。でも、気持ちが少しだけ軽くなった気がします。
今日は、Kokeeに行き、グランド・ハイアットのハワイアンカルチャ担当の学芸員で、Kauai Community Collegeの客員講師でもある ステラさんと、旦那さんのKimoさん、そして、Kumu Charles Kaupuと、私たちで、来週Bishop museumの講義で必要なMaileとMokihanaを採りに、1日中、ジャングルのような山に入りました。モキハナの実物は見たことがありませんでしたので、それはかなり嬉しかったです。
あと、野生のkoaの大きさと言ったら、大変なものです。
今日、フラコンベンションが終了しました。コンベンションの前に行われていた、Na Ponohulaから参加しましたので、9日間の参加でした。
明日からカウアイ島へ移動し、Kumuチャールズから講義を受けながら3日間を過ごします。
コンベンションでは、100名以上のクムが知識をシェアしてくださいました。本当にありがとうございました。
さて、日本からのハワイ観光客は、減少の一途をたどっており、まず、今年2月にホノルルのハワイ観光局の日本の...
事務局が閉鎖。1昨日の新聞(Honolulu Star Bulletin)によると、http://www.starbulletin.com/business/20090729_Japan_arrivals_plummet.html
日本人観光客は前月比34%の減少で、その原因を「C型インフルエンザの影響ではない」としています。
10年ほど前、1~2年、バリ島がハワイと並ぶ観光地として、非常にブームになったことがあります。(当時、ハワイが1位、バリが2位)しかし、継続せずに、ブームは去りました。
観光産業で成り立つ場所は、その収入源を観光以外に依存できないため、現在の西洋型主導のハワイの観光産業構造は、すでに折り返しにあると思っています。
資本はHonua(大地)であり、構造物から生まれるものではない。
歴史は一定の周期で繰り返されているし、そろそろ、自然の大切さの理解が大きく広がっていく時代が来ればいいなといつも思っているし、それを考える機会をくれたのは、Hulaでもあります。
Hulaの神であるLakaはNahele(森)にいて、その森を守るために、EhuやNoe(霧、靄)を放ち、森が乾けば、雨を降らせる。そして緑豊かな大地を守ってくれている。だから水が多いと良く育つFern(シダ)が大好き。
神話から始まったHulaが文字のない時代から現代まで語り継がれてきたのは、何一つ変わることなく語り継がれてきた伝統としてのフラであり、その伝統を何一つかわることなく、後世に伝えていく、そのバトンの役目をするのが、「ハラウ」の役目であり、私の役目だと思っています。
この緑は、私が生まれる前から、ずーっとあって、私がいなくなっても、ずーっとあり続ける。
その恩恵を、昔も、今も、将来も、何一つ変わらず受け継いでいく必要があるはず。
今日、フェザーレイ(鳥の羽根のレイ)のKumuである、Aunty ポーレットとお会いできる機会がありました。ポーレットの母親メリー(すでに他界)も、Kumuであり、彼女たちの作品はビショップミュージアムに展示されるほど、また、Kumu Caz, Sunny Ching,はじめとして、Kumu Hulaのほとんどは、フェザーレイのすべてを、メリーやポーレットから手ほどきを受けました。
Kumu メリーがフェザーレイを教わったのは、Kumu Leilani Fernandez.(1920-1988)。
そして、昔からの伝統が、偶然に、必然に、私のところに伝わってきました。
Kumuは、技術を正確に伝えることが大切とのことで、決して、ホームページで幅広く啓蒙活動をしたり、高額な授業料をとることはありません。その反面、とても厳しく、少しでも駄目だとOKを出してくれません。
私も、必ず習得することを約束しました。
伝えてきたものを、何変えることなく、次世代に伝えていく。
だから、正しくできない時にはダメ出しをするのは当たり前のことなのです。
日本にも伝統工芸というのがありますが考え方は同じ。
「次世代に受け継ぐ、先人の知恵」の重責を全うするために、常に学び続けていきます。
一緒に学んでいきませんか?
写真は、HokulaniとPualaniとの貴重なショット。とても大切なものになりそうです。
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