ちなみに、4枚組で60ドルです。このごろは、日本でも翻訳版が日本語で発売されているようですが、価格は1万円ぐらいするそうです。
今年も現地で見ていますが、DVDで見ながらゆっくり振り返るといろいろおもしろいですね。
なぜ、このハラウが点数を高くとるのか、ジャッジからの評価が高い理由は何か?を分析していきます。
DVDだけで、全部見るだけでも13時間ぐらいかかるわけですので、ただ、「とてもきれい!」と見るだけではあっという間に飽きてしまいます。
どこに着目してみるか。ですね。
是非、皆で見ながらで意見しながら、みてみると、絶対に楽しいはずです。
オアフのRHHJの取材には、Kumuチャールズ、ミスアロハフラのMahealani Mika Hirao-Solemと、KumuのKaui Kamana'o、そして、Hoku Zuttermeister、そして私?というメンバーが勢ぞろい。個人的にはコーディネートがうまくできてよかったのですが、でも、番組的には、あまりNot Goodだったのかなという感じです。
ここは、ハラウのブログですので、ハラウとして、またフラとハワイとを向き合っている立場として、少し書きたいと思います。
ハワイ関連のTV番組の製作をどのようにコーディネートしていくか、とても難しいです。
自分やハワイ人達が紹介したい「ハワイ」と、
番組上取り上げたい「ハワイ」は大きく隔たりがある。
番組は、スポンサーのためにあるもので、お金を出しているスポンサーが宣伝するために、番組が成立する。
すなわち、スポンサーがいなければ番組はできない。
私やクムフラやハワイ人が、番組の中で伝えたい、本物のハワイ、リアルな部分を紹介したい、という信条とは裏腹に、視聴者が何を望んでいて、どのようにハワイを伝えたら、皆が喜んでくれるのか?という部分。
これら歴史に関する番組作りは、スポンサーはいない。ヘイアウの話に、誰がスポンサーをしてくれるのでしょうか・・・。そう考えると、とても残念で仕方がない。
特に、ハワイ島の取材の際、どうしても私がお勧めする場所は、史跡が多くなります。
なぜならハワイ島には、むしろ、史跡しかない。からです。
でも、番組製作で求められているものは、昔そこで何が起こったか、というよりも、今そこで日本人観光客が楽しめるアクティビティは何か?おいしいものは何があるか?それを紹介することが求められます。
「ヒロさんの紹介する場所は、史跡ばかりで面白くない」
と、言われたのには、とてもショックを受けました。
ハワイで何を求めるか?それはその人それぞれによって異なります。
なので、その楽しみ方については、否定したり非難することではありません。事実、私自身も、ハワイが好きになったきっかけは、「リゾート地・ハワイ」だったからです。
作られたリゾート地・・・
たとえば、Kohala地方は、雨が全く降らない、サバンナ気候から砂漠気候です。つまりここには雨がほとんど降らず、草木が生えにくい。
それなのに、WaikoloaからHapuna、Maunalaniというリゾート地には、なぜ、緑が多いのか?
リゾート地は晴れている方が好ましいですよね。しかし、それは実は砂漠気候だから。
そこに緑を生やして、あたかもとても緑の中にいるような、錯覚に陥る。
それは、一晩中、スプリンクラーで散水をしているからです。
その真水は、コハラ山脈から強引に引いてきたパイプによってもたらされています。
砂漠にリゾート地が開発されると、山の水が不足し、大地が枯れる。
そのいい例が、オアフ島の、Ka'ala地方。
ホテルの乱立によって、水不足になり、タロイモ畑が枯れ、そして畑はなくなっていったのです。
その事実を知る人は少ない。
ぜひ、スポンサー主導のハワイに関する番組作りではなく、もう少しありのままのハワイを伝えてほしい。
それは希望的な観測も含めての話です。
今の番組に、私がコメンテーターとして入ったところで、それが意味することは、単に視聴率を増やそうとする番組の意図に操られた自分がいるだけ。「一体自分は何をしているのか・・・」と苛むこともあります。
そこには、誰がKumuで、この人は何をしていて、ということは関係なく、
ただ単に面白いものを探す、ということに固執する「つくられたハワイ」があるだけなのです。
ハワイを好きになるきっかけは、いろいろあってもよいと思います。リゾートでもOkです。
でも、次のステップには、ぜひ、もっと深い、歴史を学んでほしいし、もっと事実を知ってもらいたいです。
だから、事実を伝えたい。
そのために、このハラウがあり、Haumanaを集め、そして、フラを通じてハワイそのものを学んでいく。
せめて、Haumanaには、理解してほしいと思っています。
今月中に、「ハワイに恋して」の収録で、オアフ島と、ハワイ島にいくことになりました。
ボランティアですが、日本のみなさんにすれてないハワイの魅力を伝えたいと思っています。
っという話をしているところ、「一緒に行きたいんだけど・・・」とKumuに話をしたら、
「いいよ。スケジュールOK!」ってことで、一緒にハワイ島巡りの旅に出ることになりました。
・・・歴史上の場所を巡りながら、クムと2日間のハワイ島めぐり。
本当に恵まれていると心から思います。
フラを習うきっかけはいろいろあります。「楽しそう」とか、「おもしろそう」とか・・・。
日本には生まれながらに宗教心が薄れてしまっています。
「宗教」と一蹴してしまうと、誤解を生じてしまいますので、むしろ「信じる心」、「信仰心」といったほうがいいでしょうか。
目に見えないものを、信じること。ということに近いと思います。
日本でも「スピリチュアル」とか「スピリット」という言葉をよく耳にすると思いますが、
スピリットは、「魂」、とか「霊的」、と訳されます。
フラの中には伝説上の人物、昔話、物語のことが表現されます。
Peleの恋人だった、カウアイ島のLohi'auを見た人はいないし、第一、PeleのMeleはたくさんあるのに、すべて物語です。
Hi'iaka i ka poli o Peleや、Hopoeであっても。フラの神であり、自然の神であるLakaも、実在しているのか?と言われたら、科学的には実在しない。
日本だって同じです。
「ももたろう」、「かぐや姫」作り話かもしれません。天照大神も、実在しない。
閻魔様も本当にいるのかどうかさえ、分からない。
クリスマスのサンタクロースだって、その信憑性について語る難しさは、その立場立場によって変わってきます。
だから、あえて申し上げるとすれば、
Lakaはいつでも自然の中にいて、姿、カタチを変えて、自然のバランスを調整しながら、私のフラを見守ってくださる。
私だけでなく、フラに携わる人であれば、必ずそう思っているはず。
Kalakauaを賛美すれば、雨が上がり、太陽が照る。
Peleを賛美するには、Aiha'aで。
フラに関わるハワイ人は大人になっても自分の島に誇りをもち、フラに関する神々を祀る。
一方、日本人の中で純粋に「信じる心」を持っているのは、せいぜい小学生低学年まででしょうか。
ハワイ人は、大人であっても、「信じる心」を持っています。
私たちは日本人で、ハワイ人ではありません。たとえ「ハワイアンネーム」のような表面上なものを付けたところで、ハワイ人にはなれないのです。
結局形だけ、振付どうぞ、という感じでしょうか。
「魂」、「信じること」を学び、実践することから、内面からフラに向き合うきっかけを得てはいかがでしょうか。神道であり、仏教であり、それは日本古来の心の学習でもあります。ハワイ人の考え方は、神道にとても近い。もちろんハワイでも神道の神主さんは高い位に居るのです。
海外に居ると、日本人としての宗教心を持つべきと感じるもので、その後帰国してから、勉強と巡礼を重ねております。別に特定の宗派がどう、ということではありません。「仏教徒」としての気持ち、だけです。
こんな話をすると、嫌がる人もいるかもしれませんね。
日本人がタブーとする話だからです。なぜでしょう?
宗教心を持たない人間ほど、海外に住んだときに恥ずかしい目に逢うのです。それがわからないのは、無宗教の日本人だけなのです。
この数年で自分を取り巻く環境も大きく変わり、またフラを取り巻く環境も大きく変わりました。
一番変わったと思うことは、フラを日本で教える難しさ、です。
ハワイに住んでいた時は、人々の心の中に、日常生活に自然と共存する大切さや、感謝の気持ちがあって、それを少し想起してあげること、そして、フラの考え方を導くことで、簡単にフラとは何かを考えてもらうことができます。
日本人のハワイに対する考え方は、大きく異なります。
そもそも、「ハワイ」が日本人のあこがれる観光地として定着してしまった根本の背景は、
戦後の「西洋人があこがれるハワイ」から進んでおり、日本の極端な欧米化によって、
英字に憧れ、ハンバーガーに憧れ、アメリカに憧れ、そして、ハワイ観光に憧れる。
いわゆる「ハワイに憧れる」のではなく、「ハワイ観光に憧れる」わけで、
ハワイの持つ、独特の文化、歴史を探求するものではありませんでした。
ちなみに、消費のための「ハワイ観光」は、今日の不況によって成り立たないのは、観光ありきだからでしょう。
このような少し異なった環境の上に成り立つ「フラ」ですので、日本でフラをやりたい人のほとんどは、その憧れを追い求める人、中高齢からフラをスタートする人が多いように見受けられます。
ケアバホウでは、入会時に面接をしますが、多くの人たちがこの気持ちを持っていらっしゃる。
動機はどうであれ、入会した後は、ベーシックやカヒコといった基本的なことを、レッスンでは厳しく見ていきます。
思い描いていたイメージと、実際、私たちが伝えようとしていることのギャップが大きすぎ、体力的、精神的にも厳しくなり、退会され、他のハラウやサークルに行くようです。
日本人は、日常生活の中に宗教心を持っていない人も多い。
大晦日と正月、お盆程度でしょうか?節句だけの信仰では、足りないのかもしれません。
精神的な支えをどうやって保つか、そのコントロールがうまくいかないのではないでしょうか?
ハワイでは、フラの考え方は、フラをやる人にとって大きな心の支えであり、踊らない時も、日常的にフラがあって、いつも、いつでも、近くにある存在そのものであり、
そして、Lakaがいつもフラについてガイダンスを送ってくれる。そして勇気付けてくれている。
「すこし、いっちゃってる?」と思うのであればそれも結構ですが、
そうして自然に対する感謝の気持ち、人に対する感謝の気持ちが育まれるはずです。
「気持ち」というものは、モノではない。決して目で見ることができない。
だから、なくさないように、いつも心に持ち続けることが重要なのです。
"Aloha Hiro,
Uncle George had a beautiful funeral service. It was decorated with many flowers and leis and lots of large photos of Uncle George all over the stage. Many people came to pay their respects. There was beautiful mele and dance from many halau. Quite a number of Japan Kumus were there also. Please take care of your health. Keep in touch!!!! Kumu Lori Lei"
っとそのころ、ハラウでは、ipuheke作り。もう、粉まみれになりながら、頑張っています。
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経験は1度でよい。
これは何事も。
2年前、ティリーフの育て方、増やし方を伝え、レイの編み方を伝えたハウマナ達。
一生懸命やりすぎたおかげで、ティリーフが増えすぎ、ハウマナの家中、植え木だらけ。
もちろん、ティ(ハワイ語では、La'i)だけでなくKupukupu, Maile。今年の夏は、Ipu。
「わぁー、楽しそう!これが本物なんですねぇ~~~」
などと、黄色い声を出していたのもつかの間、1年経ち、2年経つと、生活の中にどっぷりフラが溶け込んでいて、植物との生活、自然への感謝は当たり前のことになり、たとえば、私が、プレゼンテーションのためのレイの形状、場所、大きさ、デザインを言えば、もうみんな各自で作れる。
「楽しい」という声がなくなり、「疲れる・・・。指痛い・・・。」という声に変わってきました・・・。
うーむ。。。。
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私にとってのフラの醍醐味は、自然から頂いたものを、自分自身で作り、それを使って、まとって、感謝の気持ちを両手の乗せて、これを捧げること。
この自然なものを体にまとって、大自然の気持ちを伝える。
そこにはLakaが住んでいて、Lakaの気持ちを代弁する。
相手にも、きっと気持ちが伝わるでしょう。
でも、そんなに簡単なことではありません。
難しさというのは技術だけでは、NG。
ココロとカラダが備わっていないと、「無理」です。
「無理」というのは、Halau Keawahouでは「無理」ということです。
日本でも、奉納(神仏に喜んで納めていただく目的で、供え物をしたり、舞・踊り・武芸などの芸能をその前でして見せること。)という儀式がありますが、フラと同じですね。自分が楽しむためのものではなく、見ている人が喜んでもらうこと。
興味を以ってこちらを向いてもらうこと。
でも、
興味があっても、見ているだけでいいという人。
向いても、見て見ぬふりをする人。
実際に飛び込んでみても、気持ちもカラダも途切れる人。
さまざまです。
さて、昨夜、1日かけて、
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少しずつイプの収穫が始まっています。
今年はハウマナ全員分を合わせると50個~60個ぐらいでしょうか。
播種の時期が少し遅れたので心配していましたが、露地は大成功でした。
Ipu は、ハワイ語ですが、訳すと、英語では、Gourd。日本語では「ひょうたん」です。
IPUはひょうたんとは違う!なんて言わないでください。全く同じもの、なのです。
違うのは、品種、銘柄です。
ハワイのひょうたんは、現在はほとんど作られてなく。あくまでも、個人レベル。ほとんどはアメリカ本土で作られたのものか、東南アジア製のものです。
もちろん、ハワイで売られているものは、ハワイ原産のものは、ほとんどなく、あっても、個人でイプメーカーをやっている人ぐらいです。ごく一部。
それでも、イプの素材料すら、ハワイ原産のものはほとんどありません。
このIPUは、Babyサイズ。
造林木として導入されたのが、ユーカリ。日本でのユーカリのイメージは、「コアラ」の食べ物、でしょう。でも、ユーカリーはその生長が早く、また乾燥している地域でも根系が深くまで張るため、生育状態も非常によい。その反面、現存種を絶滅させてしまうという繁殖力があります。
ユーカリは、アロマオイルにも使われたり、ポリネシアでは医療用に使われたとされています。
同様に、外来種で繁殖力の強いのが、ショウガ。英語ではジンジャー。ハワイ語ではAwapuhi。
特に中国原産のカヒリジンジャー。日本語名キバナシュクシャ(Hedychium gardnerianum)は、ヒマラヤ高地が原産であったことからも、
昔、よく歌われた曲。ふと気になってその歌詞を見てみました。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
知らなかったよ 空がこんなに青いとは
手をつないで歩いていって みんなで仰いだ空
ほんとに青い空
空は教えてくれた 大きい心を持つように
友だちの手を 離さぬように
知らなかったよ 空がこんなに青いとは
なぜかしら悲しくなって ひとりで見上げた空
とっても青い空
空は聞かせてくれた 風にも負けない雲の歌
ひとりでも もう泣かないように
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
あなたにとって、この歌はどう響きますか?
私にとって、自然の声が聞こえました。
「声」というより、「叫び」。
その叫びと同期させると、フラの気持ちも少しは分かるかもしれません。
Lakaが私たちに伝えたいこと。それは何でしょうか?
毎日同じことを繰り返す。楽しいことのつもりがマンネリ化する。
レッスンとは、そんなことの繰り返しです。
フラを伝えていくことの意味ってなんでしょう?
「お前には責任がある」とKumuから頂いた「モノ」。
これからの方向性、HalauがHalauとして存続していくためには、
時代に即したものにも適合しながら、発展を続けなければならない。
日本の文化は欧米化されてしまったものの、ハワイ同様、引き継いでいる人が、引き継いでいく。
物欲、金欲だけで解決しようとした場合。モノやカネで解決されてしまうのです。
気持ちが相手を動かす。心を動かすために、自分に正直に、自然体で居れることが
大切なのです。
先人から受け継ぐものは、お金では買えない。
もし、Hulaの神様がいて、どこかで私たちのことを見守っているとします。
どんな形であっても、どこにいても。
たとえば、Tiとなり、たとえば、Pala'aになり、たとえば、レフアになり、子供になり、火になり・・・。
神に願いがかなったり、神からの啓示があったとき、それが祝福の場合、雨(Ua)や霧(Ohu)になることが多いようです。なぜなら、Lakaだから。
あなたがフラを踊るとき、かならず、Lakaが見ています。そして、Lakaが導いているのです。
そう素直に考えられませんか?
神事を行うとき、雨が降ったら、それを「単なる雨」と受け取るか、「自分に対するメッセージ」として受け取るか、それは自由。
自然への感謝、自分が自然と調和をするとき、素直に心を研ぎ澄まし、素直に気持ちを解き放してみよう。
きっと何か、今まで感じることが無かった気持ちが、きっと手にはいるはずです。
「KINO LAU」 とは、ハワイの神々がこの世に現れる時の兆候のこと。それの多くは自然界に現れます。
Ku神は、ココナツ、ウル、オヒアレフア、毛虫、みみず、きゅうりの中にいますが、ほとんどの場合は、光や、ひょう(雹)や、虹になってこの世に現れ、普段は見ることができない神の存在を、今日でも見て触れることができるのです。
こんな話をしても、信じない人には、全くつまらない話かもしれませんね。
アスファルトの道は、車がタイヤで走るために整備されているのだから、
もし車がタイヤではしらなくなったら、
その2.
同じ時期、私が翻訳したハワイの歴史本
「ほとんど知らないハワイの歴史物語」という本が、全国の書店で一斉発売となります。もちろんインタネットでの購入もできます。
上記2つの報告ですが、実は
私たちがワールドフラカンファレンスに参加した際、2回ほど、Huaka'i(日本語で「遠足」)に出かけました。遠足先はオアフ全域。私が選んだのは、Fishpondと、Ka'ala Farmの2箇所。
私自身、感じたことが2つあります。
1つは、「今日の」Waikikiが特別なところであるこということ。
日本も同じような場所がたくさんあります。それは、大都市圏。東京や大阪という大きい都市の中にいると、そこで起こっている生活、特に便利さが当たり前のように感じます。催し物はすべてその中でやっています。
一方、地方の人間は、大都市に行かないとなかなか手に入らないものがあります。いまはインターネットが普及していますので、以前ほど不便に感じることはないかもしれませんが、それでも、不便を感じることがあります。
しかし、
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KeawahouではKapa makingを行います。単に作るだけではなく、そのための知識の準備は不可欠です。これはHulaの前にそのOli,Meleの背景を知るというプロセスと同じです。ただやるのではなく、まず講義、そして実践ですね。
さて、Kapa Makingは、Kapa の神、Ma'ikohā(マッイコハー)の2人娘、Lauhuki(ラウフキ) と La'ahana(ラッアハナ)の物語といえます。Lauhukiは、Kapaを
ハラウの新しいTシャツ&トートバッグが出来上がり!HonuとOhekapalaの古代ハワイのデザインから「山の中に自生するHalaと、山からの小川の流れ、そして海に流れていく」という、Keawahouのイメージを、Ohekapalaで表現しました。
今日、フラコンベンションが終了しました。コンベンションの前に行われていた、Na Ponohulaから参加しましたので、9日間の参加でした。
明日からカウアイ島へ移動し、Kumuチャールズから講義を受けながら3日間を過ごします。
コンベンションでは、100名以上のクムが知識をシェアしてくださいました。本当にありがとうございました。
さて、日本からのハワイ観光客は、減少の一途をたどっており、まず、今年2月にホノルルのハワイ観光局の日本の...
ハワイに白人が入植する前・・・。すなわち強大なアメリカンマネーが資本として注入される前、ハワイは自然と共存するシステムができていました。特にオアフ島は、ワイアナエとコオラウの山脈からの豊富な水源が、その下流に住むハワイ人の生活を営ませていました。自然界で・・・
クムフラ・John Keola Lakeは、2008年5月14日、5年間のがんとの闘病生活後、逝去されました。
クム・ケオラはOliのCDを数枚残しております。私の目標とするKumuの1人。
Kumuは、ストーリーテラー(Story Teller)であり、歴史そのものであり、知識そのもの。
その歴史を次の世代に伝えていくのが、私たちの責任でもあり...
「ブーム」とか「流行」という言葉がありますが、この場合、必ず「流行り廃り(はやりすたり)」があります。先日も、広告会社の方から、「いまはフラがブームですよね・・・。すごいですね・・・。」と弁。
ハラウケアバホウは、ハラウを「ブームだから」という理由で、開いているわけではありません。例えば、お寺巡りがブームだからといって、お寺の数が増えるわけではありませんよね。
ハワイでは...
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昨日より始まっているカンファレンスですが、正確にはPre-Conferenceとして、Nā Ponohula
(Nā=複数形、Pono=知識、Hula=フラ)3日間に参加しています。
カンファレンスは、明後日から。
私がとっているコースは、Kapaと 'Ohekapala
Kumuは・・・
ハワイにいるクムフラだけが、クムフラではない。
たとえば、カリフォルニアには、100以上のフラハラウがあります。
そして、非常に大きなハワイコミュニティが存在します。
カリフォルニアは、ハワイとつながりが非常に深く、それは日本とハワイとの関係と同じ。
メリーモナークフェスティバルで、毎回出場する、Halau 'O Lilinoe のクムフラ、Kumu Sissy Kaio
ハワイ生まれの彼女は、ハワイに帰ることを考えず、
自分のHalauで、「Hula」を伝える、という強い責任感を持っています。
ハワイで生まれたMark Ho'omalu は、Oakland(オークランド)というどちからというと、暗い街並みの場所。
Halau Na Mele Hula Ohana(後のAHA)を主宰 1998年にメリーモナークフェスティバルに初登場。Kahiko Kaneで4位。
でも、このことはあまり知られていませんね。
Mark曰く、今のハワイは私の生まれたときのハワイではない。進化しているハワイなら、フラも進化すべき。と。
どこにいても、相手がだれであっても、HulaはHula。
伝えること、やることは同じ。
それが日本であっても、ハワイであっても、メインランドであっても、
また日本のどこ場所であっても、同じ。
日本にもたくさんハラウがあるようですが、
ハラウ ケアバホウに流れているリズムは、ハワイで流れているリズムと全く同じ。
もし何かあれば、ハワイから訊けばいい。
ハワイからの「本物のガイダンス(導き)」をもらえばいい。
いつでも、どこでも、Na Kumu とつながっているのだから。
今年も6月9日に発表された、Nā Hōkū Hanohano Awards
自分のなかでは、去年ほどあまり盛り上がらなかった感もありながら、
Halau所蔵のCDを見てみると、結局ほとんど持っているCD。
Paliが3部門。Paliは4枚目のオリジナルCDで、初受賞。
Holunapeも2部門受賞。このCDはワイコロアのウクレレフェスティバルで購入したのが
昨年。サインをしてもらったのが思い出です。
写真は、Kūpunaたち。もちろん誰だか、わかりますよね? :)
日本には全国的に列車が走ってます。
ハワイも全島にわたり列車が走っていました。名残は観光用として復刻されといます。
その用途はサトウキビの運搬。
外国の資本金がたくさん入ったハワイにおけるサトウキビ産業は、栄華を極め、そのほとんどをアメリカに輸出しました。
耕作地が山間部にわたり、これら列車が作られない場所では、水路を作りカヌーで海まで運びました。
労働力が足りないと、諸外国から労働力を受け入れました。これが日系移民の始まりです。
あこがれ?ではない。あくまでも仕事。
しかし、移民とかかけ離れた待遇は、放民に近い。
日本政府の政治的移民は、ハワイ、ブラジル、フィリピン、北朝鮮、ドミニカ他、全世界に広がりましたが、どの土地においても、その後の傷跡を残す結果となったことを否めない。
望郷の想いをもったまま、異国で最期を迎えた日本人は多い。
カウアイ島の荒れ果てた空き地に、雑然と放置されている日本語が掘られているお墓。
決して気持ちが穏やかになるはずもない。
私たちが探求しているものは、「Hulaの本質」
つまり本質を学び、習い、伝えていくという過程において、
それを歪曲するようなものは、Halauにとって不要のものです。
日本には、フラの「愛好者」といわれる皆様が、100万人ほどいらっしゃいます。
雑誌も数多く発刊されています。
これらフラ「愛好者」の指向はさまざまで、これはハワイのフラ愛好者でも同じことです。
ハワイ人にとって、Hulaは非常に特別なもの。Liholihoが半世紀もの間、禁じたフラを、Kalakauaが文化を復興。
それだけではない。
Lili'uが引き継いだ王政を、半ば強引に、白人社会が占領(100年後にアメリカ政府はこの政治的政策を正式に謝罪している)
現在に至るまでの非常に重い歴史があるもの、なのです。
日本でも歴史的なものを大切にする事変は、たくさんあります。
極端かもしれませんが、先の大戦のことも含め、そのことは、実体験をしていない私たち世代であっても、いつも心のどこかにあり、そして、それはこれからも永遠に受け継いでいかなければならないこと。
ハワイ人にとってのフラは、「先人から受け継いできたものを、永遠に伝えていく」
という、プロセスにおいて、これらの感覚と同じかもしれません。
これが、フラダンス、なのです。
あなたは、イメージができますか?
自然に感謝をし、受け継いでいくもの。レイをはじめとした、自然との営みから、ハワイ語、そして、ハンドモーションの考え方そのもの。です。
私は日本人ですので、「あなたはハワイ人ではないから、そこまでやる必要がない」と、いう人もいますが、その人には、おそらく「宗教心・スピリチュアリティ」を持ち合わせてないから、理解することができないのかもしれません。
「ビジネスにつながるのであれば、フラだってなんでもあり。顧客優先」と考える人もいるでしょう。
もしそうだとしたら、ビジネスが衰退し、顧客優先となった場合、その「フラ」はフラではなくなる。
何度も申し上げているように、フラは、ビジネスではなく、生活そのもの。
お金をもらって、その対価として伝えるものではない。というのが、Hula Halauの考え方です。
ハラウのハウマナだということを忘れてしまう人は、たとえ、ハウマナであっても、いずれ、このOhanaから、いなくなります。
私がハワイが最初にフラを伝えてもらった、クムは、ハワイで生活保護を受けていますが、
フラは別。
そして、たくさんの恵まれない子供たちを養子に迎えて、大家族として生活をしているのです。
楽しく踊る「フラダンス」を習得したいのであれば、このハラウには来ないでください。他のフラ教室に行ってください。
なぜなら、このハラウは学校そのもの。
私が伝えるのは、楽しいフラダンスではないからです。
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今年の春、日本で封切りになった映画、HonoKa'a Boy.
Honoka'a Theaterを舞台に、Honoka'aに住む日系人のいわゆる日常生活のお話。という風に私は受け取りましたが、皆さんはいかがでしょうか。
Honoka'aは、普段は車で通過する町です。Waipioに行かなければ。
KonaからWaimea経由で、Hiloにいく道。Waimeaを過ぎると、そこはHamakua。
「Ka Ua i Hamakua i ke kai opae ula la...」
と歌が聞こえてきそうですね。
Meleの通り、雨が多い場所。そうです。Waipioは雨が多い。でしょ?だから泥土の水田があり、Taroが採れる。雨が多いからそこにはシダや、レフアの森がある。
「ka 'eha ke aloha」にも出てきますね。Nani Hamakua・・・・
っと話がそれましたが、そう、ホノカアの話。
ハワイ島に降り立った日系人の最初の上陸地は、ハワイ島のHiloサイドです。なので、ハマクアは比較的早く日本人のコミュニティができあがったところでもあります。
せっかく映画で出たところだし、ちょっと行ってみようかな?ってことで、
シアターに行ってきました。
閉まってたのですが、今のオーナーさんが帰ってきて、すべて全部見せてくれました。
中は、写真のとおり。
Honokaa Boyの映画どおり。ですね。
映画は2週間ですべてのロケが終わったそうです。
かつて栄華を極めたHamakua。開館当初、Mr.Tanimoが開いたこのシアターは、
デートコースとしてこのホノカアシアターで映画を見ることがとてもおしゃれだった時期があったそうです。
今日は東京で、レイを作りました。材料は、TiとMaile。
そもそも、ハワイに植物の既存種がは少ない。
そのほとんどは、大陸からのカヌープラントです。
ポリネシアも、メラニジアも大陸がつづいているわけではないため、ハワイと同様なのです。
アジア大陸性のものが多い。
つまり、ハワイに存在している植物のほとんどは、全世界にあるのです。
「これはハワイにしか、生息しない植物だから、手に入らない」というものは少数なのです。
みんな、作れるようになってよかったね。今度は、Maileから、Maileのレイを作りましょう。
よく「踊りをそろえなさい」とか「振り付けをそろえて」いう言葉を日本で耳にしますが、そもそも、1人で踊るフラに、踊りをそろえることは出来ません。表面的には出来るでしょうね。エアロビック選手権のように、形や姿勢の綺麗さを競うのであれば。もちろん、これで評価を受けることに吉とする人もたくさんいらっしゃいます。それはKeawahouの考え方と違うだけのこと。
フラは根本的な考え方が違います。神事として成立しているフラは、感謝の祈りそのものですので、祈り方はそれぞれ。メリーモナークフェスティバルをご覧になれば、わかりますが、'Oliは全員が違う動きをします。1人として全く同じ動きをする人はいない。すなわち喜怒哀楽の表現方法は
1人1人違うのです。
大切なのは、もっと深いところにある気持ち、「スピリチュアリティ」と「メンタリティ」。その感情、魂的なものが、その曲の意味を理解し、聴いた時に、想い描くイメージ。これがHula(Dance)と共にあることなのです。
まず、気持ちを持つこと。
Keawahouでは、衣装をそろえること、振り付けをそろえることに重点を置かない理由はここにあります。
8月にクム・カウプが来日しますが、今回は本当に盛りだくさんになりそうです。
「Ohekapala」作り。
そして、Pa'uを縫います。
オヘカパラとは、ハワイ人が、布(タパ・カパ)にデザインをつけるために、竹のヘラをつくり、デザインを彫って、植物や岩などの染料で、染めていく技法。
このまえ、メリーモナークフェスティバルのエキシビジョンで、Halau O Kekuhiの、Kekuhi Kanahele の旦那さんである、TangaloのハラウのHo'ikeを見ました。Naniloa hotelで。
タンガロのハラウのパウはもちろんオリジナル。Ohe kapalaを、自分達で作り、Tapaを縫い・・・。
そしてそれが、日本で。な・ぜ・か・新潟県新発田市でやります。
だから、ワークショップという言葉ではなく、「Kumuによる授業」です。
ハワイ語で、Kumuとは、「knowledge」とも言います。つまりクムは知識そのものであり、
その知識を驕(おご)ることなくことなく、伝えていく人のことを指します。
この意味を分かってくれますか?
さて、Kahikoの曲は決まり。
あとはAuanaの曲を決めて・・・。
あと、Oliの授業は、これもまた長くなりそうです。
それに、Ohe Kapala、
Tapaを染める技術の習得・・・。
ちなみに、Kumu Ka'upuの授業料と滞在費を分割しても、
5日間、40時間ぐらいの授業で、Olapa1人当たり10000円程度。
あとは、Halauで負担。
Alohaは、「お金では動かない」。「気持ち」が第一。
逆に言うと、うわべだけの人は、いくらお金を頂いても、家族にはなれないし、家族にしない。
これは私の意向でもあり、Kumu Charlesの意向。そしてHalau Keawahouのルールです。
Kumu au'pu Charlesに感謝、というか、言葉では言い表せないぐらいの気持ちでいっぱいです。
この機会を与えてくれたことに、感謝。
そして、フラットな気持ちで。
レイで使った植物をどうするか。
いつも、自然に返すのですが、幹がついているもの、特に木から採取したものは、まだ生きているし、それをすぐに自然に返す、というのも、もったいない気がします。
ってことで、
「挿し木」をして、育ててあげましょう。こんなにたくさん増えてしまいました。
ハウマナは、全員Tiを育てていますが、最初は、根っこも出ず、葉っぱもでず、不安だらけの2週間を過ごすと、天塩にかけてあげればあげるほど、植物は期待にこたえてくれます。
いまだ、1人も失敗せずに、葉を出しています。
そして自分が育てたTiで、自分のレイをつくる。
このごろ、TiやKupukupuを育てながら思ったこと。
こうして、育てていく自然資源は、私たちが生まれる前から、このHonua(地上)に存在して、
私たちがこの世からいなくなっても、生き続けるんでしょうね。
I luna la i luna, Na Pua o Ka honua
Ha'ina Mai ka puana, A he nani ke ao nei....
自然が自然を育んでいくこの連鎖は、永遠に続いていく。
自然とともに、人間があって、
そこに「Keawahouが考えている、自然との共存・Hula」を(日本人であっても)持っていてもいいはずです。
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Oahuはこれから訪れることが多くなるとおもっている場所ですが、とはいっても、自分の場所はBig Isleにあり、どの島に行こうとも、ハワイ島は自分の場所という気がします。
ハワイ島は田舎かもしれませんが、
田舎にいくと、人の優しさを感じるときがあります。
人の優しさに包まれれば、自分も優しくなれます。
自分が優しくなれるから、他人にも優しくなれます。
そんな人との出会いが必要だと持っています。
そして、自然に感謝をして、自分らしさを磨いていくこと。でしょうね。
一方、では、「優しさ」とは、ダラダラとニコニコして「いいよ、そんなの、ほっといて。」
というのは、優しさではないはずです。単なる怠け心。
その人のことを想い、導くこと。時に耐え、時に、厳しいこともあるでしょう。それこそが優しさです。
このハラウが、なぜ、レイメイキングやチャント、カヒコ、ハワイ語といった、フラの基本的なことを重視するか、それは、気持ちの浄化、フラに対する感謝の気持ちを磨かなければ、心からあふれ出る気持ちを伝えることができないと、考えているからです。振り付けは、あとから、沸いて出てくるものです。
昨日、イオラニパレスに行ってきました。ただ行くのではなく、もちろん勉強として、2時間近いガイド付きツアーにKamaaina(ハワイに住んでいる人)の料金で割引で参加。
ツアーはとても、勉強になり、(ある程度の知識を持っていたからかもしれませんが)、予備知識がると、その知識が線でつながるような感じで、あっという間。全く飽きることがなかったガイドツアーははじめてかも。
ガイドさんに
「このLili'uokalaniの退位の事変についてのガイドを、ハワイ人以外および日本人以外の人たちにするとき、その人たちはどういう風に思うのですか?」
と質問をしましたら、その答えは、
「きっと、あたりまえの出来事としておもっているんじゃなぁい?」
との弁。
もし、「ハワイ人のAlohaの心」と「日本人の神道や仏教のような感謝の心」が、同じような感覚を持っている(私はそう思う)としたら・・・。
皆さんは、イオラニパレスで、何かを感じるかもしれません。
ハワイ語のことわざで、フラに関すること。
Pa'a は、閉じる、硬くする
Ka は、その
Wahaは、口
すなわち、「静かにしなさい」です。
Kumuが指導している瞬間は、その邪魔をしてはいけない。
フラは、まずしっかりと見る。感想を述べるのは、後です。
よく、レッスン中に、「あぁぁぁ、そうそう」という瞬間はあるもの。
しかし、個別レッスンならOK。グループレッスンだと、その気づきは人によって違います。
だからこそ、自分で考える。
理解するポイントがどこか、自分で見極める。
そして、その後に、意見をすり合わせる。
ます、自分で考える力を養ってみましょう。
そのためにも、Kumuの動き、考え方を、理解してみようという姿勢を持ってください。
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クムがマウイ島から新潟県に、それも新発田というところまで来てくれました。
当ハーラウのスーパーバイザーであり、世界的に有名なクムフラ・チャールズカウプ。
フラを教わった、というより、生活を共にさせてもらった、という感じ。
昨夜成田からお帰りになりました。
色々と話ができて、良かった。というよりも、話すネタがなくなるぐらい話ができたし・・・。
忠実にいること。欲張らないこと。つまり、ALOHAの考え方そのものでもありますが、
現代社会ではこれをもち続けることがとても難しい。
クムが「破壊されたALOHA:Destroyed ALOHA」と言っていました。
欲に走り、自分自身が地に足をつけない生活、自分の本質の見失う前に、まず忠実に、
そして、シェアすること。偽物ではなく本物を得ること。
この実践の積み重ねが大切。
来月、メリーモナークは、コンペを見ずに、ニューヨークに行くとのこと。
メリーモナークについても、色々と考え方を教わりました。「なるほどね」と思うことがたくさん。
私も、メリーモナークに行きますがクムがニューヨークから帰ってきたら、一緒にカウアイ島のカウル オ ラカ ヘイアウへ行くことになりました。
考えてみればわかることですが、ハワイ製というものは、食べ物以外は、あまりない。
「わ~っ、ハワイ製だぁ~っ」
というものは、ほとんど無い。
この時点で、「ハワイ」は「パラダイス」ではない
家電でも、日本のメーカーであったとしても、中国や韓国、インドネシア、ベトナム製というものは数多いのと同じ現象。
コナ地域では、印刷会社が相次いで倒産し、
ちょっとしたポスターやチラシ作りでも、
メインランド(特に西海岸)の印刷屋さんに発注をする場合が多い。
じゃあ、ハワイ産のものは?ほとんどが観光のためだけに表面的に行われているものばかり。
ハワイで売っている木工品のお土産のほとんどはフィリピン製でしょ。
農作物であっても、パイナップル産業で栄えた、ドールプランテーションは倒産し、
名前と建物だけ、観光用に残り、
細々と第三者が営業を行っているだけ。
デルモンテのパイナップルも然り。
全ての拠点はアジアになってしまった。
人件費が安い、ということで、拠点が海外に移ると、
その企業の利潤はあがったとしても、地場雇用は減る。
ハワイも同じ。
一方、ガーデンアイランドといわれるカウアイ島は
コーヒーの出荷量はハワイ一。
サトウキビ工場も稼動中。
とはいっても、ハワイで食べているパイナップルや、メロン、スイカは、
ハワイ製ではないのかもしれませんね。
そんな時は、近くのナーザリー(植木、苗屋さん)や、オーガニックフード屋さんに行ってみましょう。
取れたての果物がたくさん。
写真のmade in hawaiiは、リサイクルペーパー。
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Pūpū hinuhinuが仲間入り!
キャシーの白黒のペンシル画。もう5年ぐらい前にキャシーから購入したものですが、
コアウッドの額を特注して、スタジオに今日から仲間入りしました。
2階への階段の途中にPUTしたところ。
タカラガイを持つNa Lei O Kaholokuのハウマナが踊っているところです。
「キラキラ光る貝」
そのエピソードは、また後日(^-^)
ご存知のカラーカウア。カラカウアといわれますが、正確には ka-lā-ka-uaです。
このハワイ語を見ただけで、「おっ!」って思うあなたは、合格!
いい名前ですね。
以前、NHKの番組、「その時歴史が動いた」で、カラーカウアが特集されたときのサイトです。
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2006_08.html#02
ちょっと面白いですねぇ。
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