しかし、中には英語と全く同じ意味を成すハワイ語もあります。
例えば「Like」 ライクではなく、リケと読みますが、ハワイ語も英語も「~に似ている」と訳します。
単語の構成が英語らしくない、子音+母音の組み合わせで存在しているからです。
日系人がハワイに移民し、日系ハワイ人が誕生。
でも、言葉の発音がハワイ語と似ているので、そのままハワイ語ではない、「ハワイの言葉」として存在しています。
これを、ピジョンランゲージ、もしくは、混血を意味する「HAPA」と言います。
日本語の単語の発音はハワイ語と同じなので、そのままハワイ語で用いられる。
Bento(弁当)
Nishime(煮しめ)
Maki(巻き寿司)
Hashi(箸)
ほぼハワイでは公用語です。なんだか、食事ばかりですね。
ハワイの人たちは、刺青を入れている人たちもいます。でもよく見ると、日本語では意味不明な漢字が彫られ、またその単語が並んでいることがあります。
その形が好きだから?まあ、それも良いでしょう。彼らは日本人ではないし。
さて、その逆として、もしハワイ語の引用方法を間違えて、日本人が使っていたとします。
ハワイ人から見れば「日本人はハワイ人じゃないからしょうがないか」と思うでしょう。
でも、間違えていることに気づかない場合、また、その引用方法について長年間違って解釈していたら、少し恥ずかしいかも?
近年はインターネットが普及しているので、情報が英語で検索が可能です。
しかし、まだまだ、日本語での情報は少ないため、間違った情報がそのまま信じられているようです。是非気をつけてほしいところです。
日本人のフラをやっている人の多くは、なぜか、ハワイアンネームを貰いたがるようです。
Kumuに、ハワイアンネームのことを聞いたことがありましたが、
「なぜ日本人は欲しがるのか、それが理解できない。みんな自分の名前があるだろ?」との弁
心から生まれてくるものがフラなので、表面上、ハワイアンネームを貰っても、フラはうまくならない。
ハワイ人は自分の名前を大切にするので、生まれた時の自分の名前を使うのは当たり前です。
また、もし貰ったとしてもファーストネームは決して変わらない。そして成長とともに、セカンドネームを追加していく。
それも正しい用法で。
名前に、神話上の名前や、神の名前などの人物名詞を付けることは、非常に稀です。
神(Akua)の名前をつけてしまうと、自らの存在が神としてしまうので、気をつけるべきでしょう。
いつでも、Akuaが見守ってくれるという考え方、自分が神になってしまうと、だれも見守ってくれません。
とはいえ、名前を授けた人が、それなりの思いを持って付けてくれたのであれば、大切にすべきかもしれません。
ちなみにハワイ語は、すくなくとも3通りの解釈があります。
よって、Akuaの名前は、固有名詞として認識しない他の意味を指す場合もあります。
例えば、Peleという名前がありますが、これがセカンドネームについた場合は、「やわらかい」と意味する場合もあります。
あの、ポルケーノのPeleをイメージしたのに、「やわらかい」と言われたら、全くイメージ違いますね。
日本でも、自分の子供に名前を付けるときはものすごく時間を掛けますよね。画数を見たり。
ハワイでも同じこと。意味が打ち消しあわないように、そして言葉の意味を成すように。
名前を付ける作業はとても大切なのです。
「Ka pua mai 'ole i ka lā」 その花は、太陽の日差しにも決して枯れない・・・。
トラディショナルなチャント、Kalākauaの一節。「その花」とはカラーカウア王のことを指します。
2年前にKeawahouでKeikiに伝えたKalakaua。He Mele No Liloとしてうたわれていますね。
久しぶりにLilo and Stitchを見ながらMarkの曲を聴いていました。あれから2年も経つと、そのハワイ語がほぼダイレクトに頭に入るものですね。
なぜ、Lilo & StitchがKalakauaの曲が選ばれたのか?その理由が、初めてわかるような気がしました。
「Never Fade the flower・・・どんなことがあっても、その花は枯れない。」
どんなことがあっても。
もし、Hulaの神様がいて、どこかで私たちのことを見守っているとします。
どんな形であっても、どこにいても。
たとえば、Tiとなり、たとえば、Pala'aになり、たとえば、レフアになり、子供になり、火になり・・・。
神に願いがかなったり、神からの啓示があったとき、それが祝福の場合、雨(Ua)や霧(Ohu)になることが多いようです。なぜなら、Lakaだから。
あなたがフラを踊るとき、かならず、Lakaが見ています。そして、Lakaが導いているのです。
そう素直に考えられませんか?
神事を行うとき、雨が降ったら、それを「単なる雨」と受け取るか、「自分に対するメッセージ」として受け取るか、それは自由。
自然への感謝、自分が自然と調和をするとき、素直に心を研ぎ澄まし、素直に気持ちを解き放してみよう。
きっと何か、今まで感じることが無かった気持ちが、きっと手にはいるはずです。
「KINO LAU」 とは、ハワイの神々がこの世に現れる時の兆候のこと。それの多くは自然界に現れます。
Ku神は、ココナツ、ウル、オヒアレフア、毛虫、みみず、きゅうりの中にいますが、ほとんどの場合は、光や、ひょう(雹)や、虹になってこの世に現れ、普段は見ることができない神の存在を、今日でも見て触れることができるのです。
こんな話をしても、信じない人には、全くつまらない話かもしれませんね。
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KeawahouではKapa makingを行います。単に作るだけではなく、そのための知識の準備は不可欠です。これはHulaの前にそのOli,Meleの背景を知るというプロセスと同じです。ただやるのではなく、まず講義、そして実践ですね。
さて、Kapa Makingは、Kapa の神、Ma'ikohā(マッイコハー)の2人娘、Lauhuki(ラウフキ) と La'ahana(ラッアハナ)の物語といえます。Lauhukiは、Kapaを
ハワイにいるクムフラだけが、クムフラではない。
たとえば、カリフォルニアには、100以上のフラハラウがあります。
そして、非常に大きなハワイコミュニティが存在します。
カリフォルニアは、ハワイとつながりが非常に深く、それは日本とハワイとの関係と同じ。
メリーモナークフェスティバルで、毎回出場する、Halau 'O Lilinoe のクムフラ、Kumu Sissy Kaio
ハワイ生まれの彼女は、ハワイに帰ることを考えず、
自分のHalauで、「Hula」を伝える、という強い責任感を持っています。
ハワイで生まれたMark Ho'omalu は、Oakland(オークランド)というどちからというと、暗い街並みの場所。
Halau Na Mele Hula Ohana(後のAHA)を主宰 1998年にメリーモナークフェスティバルに初登場。Kahiko Kaneで4位。
でも、このことはあまり知られていませんね。
Mark曰く、今のハワイは私の生まれたときのハワイではない。進化しているハワイなら、フラも進化すべき。と。
どこにいても、相手がだれであっても、HulaはHula。
伝えること、やることは同じ。
それが日本であっても、ハワイであっても、メインランドであっても、
また日本のどこ場所であっても、同じ。
日本にもたくさんハラウがあるようですが、
ハラウ ケアバホウに流れているリズムは、ハワイで流れているリズムと全く同じ。
もし何かあれば、ハワイから訊けばいい。
ハワイからの「本物のガイダンス(導き)」をもらえばいい。
いつでも、どこでも、Na Kumu とつながっているのだから。
ステップアップを目指しているハウマナを対象に、Ho'opa'aレッスンを開始します。
Olapaから少しずつ卒業していかないとね。
しっかり教えたいと思います。
ハワイ語のことわざで、フラに関すること。
Pa'a は、閉じる、硬くする
Ka は、その
Wahaは、口
すなわち、「静かにしなさい」です。
Kumuが指導している瞬間は、その邪魔をしてはいけない。
フラは、まずしっかりと見る。感想を述べるのは、後です。
よく、レッスン中に、「あぁぁぁ、そうそう」という瞬間はあるもの。
しかし、個別レッスンならOK。グループレッスンだと、その気づきは人によって違います。
だからこそ、自分で考える。
理解するポイントがどこか、自分で見極める。
そして、その後に、意見をすり合わせる。
ます、自分で考える力を養ってみましょう。
そのためにも、Kumuの動き、考え方を、理解してみようという姿勢を持ってください。
私はオラパだから・・・。と自分で線を引かないこと。
大切なのは、自分がフラを伝える番になったときに、何をどう伝えるか?
もし、あなたが、記憶力が良くて、フラの振り付けが大好きだとしても。
イプヘケができなかったら?
ウクレレができなかったら?
レイが作れなかったら?誰かに頼まなければならない。
生徒にハワイの知識を授けるのがフラハラウのクムフラだとしたら、
クムフラになって、指導的な立場に立ちたいと思うのであれば、
自分のクムフラがしてくれたことの一辺倒は理解しておきたい。
チャールズが、「あまりウクレレすきじゃないんだよな」ってよく言いますが、
もちろん好き嫌いはあって当然です。
ハワイの文化を恒久に継承していくとした場合、
私のところまで伝わってきたものが、
私で途切れてしまうことはイヤ。
だから、ウクレレもチャントも、ハワイ語の理解を中心としたメレの理解は不可欠と思っています。
1日の時間の使い方の話。
ハラウにいる時間は共に共有する1回90分ですが、90分では終わらないので、
大体2時間。
でも1週間に1回だけレッスンにこれるハウマナもいれば、
1週間に3回レッスン参加できるハウマナもいます。
その時点で、練習量は、一週間に4時間程度、ひと月に16時間以上違います。
勉強時間として考えたら、全く違いますね。
これに、自主練習を毎日10分やったとしたら、一週間で1時間10分。
ひと月で、4時間以上。
総計、20時間だとして、これだけ練習時間が違うなら、上達のスピードは、雲泥の差です。
このごろのレッスンは、まずハワイ語の理解。意味の理解。Meleの意味の理解。そしてベーシックです。これをひと月20時間しっかりと復習し、練習したら、表現力が付いてきます。
振り付けを覚えることではなく、意味を表現するための知識をつけること。そして、足の基本動作を習得すること、また、レイの作り方を練習する。これも自宅でできることです。
ハウマナのほとんどの人は、毎日朝から夜まで仕事をしています。
空いている時間を見つけることも難しいぐらいに忙しい人が多いです。
でもその人ほど、時間の管理ができるし、
たとえ自主練習ができなくても、レッスンの時の集中力、熱心さには、感心させられます。
なので、レッスン中も質問してくるし、熱心です。
逆に暇な人は、自分のリズムで他人に干渉してきます。これは、このハラウのハウマナとして本末転倒です。
お金と時間の代償を払っている「習い事」です。
小学校や中学校では、宿題を忘れたら先生に怒られます。
ハウマナは、「ハラウ」に所属しているのですから、
目指すことは、フラを学ぶ、ということです。
練習には近道はありません。周りを気にすることなく、また他人に干渉せず、努力を惜しまず、
自分らしいフラが表現できるようになってください。
古代ハワイの人たちは自分たちの文語を持たなかった。
そのため、文章を読むこと、書くことができかった。
その知識は、先人たちから得てきた。
最初は見よう見まねから始まり、少しずつ知識を深めていく。
本質に触れたとき、昔から体で覚えてきたことに気づく。というプロセス。
これは、日本でも同じですね。
こうして、模倣したものが代々受け継がれていく。
しかし「伝言ゲーム」と大きく異なる側面は、自分が伝える側になる時には、一度その知識を蓄え、解釈し、本質を捉え、
そして、自分が伝達者になっていく。
「昔から~といわれているから、こうなんだ」
という、単なる代弁者なら、
「その理由は・・・だから」
とその理由付けが重要だと思っています。
なぜ、このハンドモーションが必要なのか、
この曲は何を伝えたいのか、
その背景がわかると、きっと楽しいでしょう。
主観的な解釈だけが先行することなく、まずは客観的な理解。そして独自性。
今すぐ結果を、ということにとらわれず、大局を見据えて進めていくと、ゆっくりと、フラが楽しめるかもしれません。

King David Kalakaua said,
"Hula is the language of the heart, and therefore the heartbeat of the Hawaiian people."
ディビッドカラカウア王が言いました。
「フラは心の言葉である。すなわち、ハワイの人々の鼓動である。」
フラを学ぶ上でとても大切なことがあります。
「ハワイ語」
口語を持っていたハワイ人には、文語がなかったのです。
なぜか?
それはキャラクター(文としてあらわす形:文字のこと)がなかったから。
今日は言葉のお話です。言語学=linguistics です。
現在でも、世界のあちらこちらには、文字がない民族がたくさんいます。
言葉が独自に発達し、その地方でしか使われない、言葉の言い回し。
「方言(ダイアレクト)」ともいいますね。
日本にも方言というのがあります。これは口語です。
これを文語で書く人はいません。
たとえば、
「しゃんめぇ」という茨城ナマリがありますが、これは「しょうがない」ということで、
文で書くときは
「しょうがない」
と書きます。
「ここでよろしいでしょうか?」と、文章で書く言葉は、
「ここらでいがっぺよ?」
となります。
えっと、ハワイの話でしたね。
ハワイに文語が入ってきたのは、カメハメハ2世。LIHOLIHOの影響です。
22歳で即位したLIHOLIHOは、政策的に、宣教師によるキリスト教の積極的な布教を推進します。
それとハワイ語がどう関係があるか?というと、
キリスト教の「聖書」は英語で書かれているのですから、
それを読むためには、文字を読むことができなければならなかったからです。
キリスト教が布教するに随って、英語が読めるようになったのです。
いままで、ペトログリフという、象形文字(実際は文字ではなく、絵です)しかなかった民族に、
言葉を紙に残す必要が無かった民族が、「文字」という簡易的な伝達ツールを手に入れた、ということです。
英語をよむだけではなく、口語のハワイ語の「音」をローマ字読みで、文語にしていき、
その結果、日本語と同じような、「子音+母音」の組み合わせで、
A,E,I,O,U,の母音、h, k, l, m, n, p, wの子音で構成されたハワイ語の文語が出来上がりました。
これに、長母音のkahakōと、促音の ʻokinaが入り、今のハワイ語の形となりました。
問題は、この子音にない言葉。「T」です。
全ての構音を正しくローマ字に興すことができないわけで、
それは、たとえば、日本語でも、
「デュ」とか。
とくに破裂音。舌を使って勢いよく「テュッ」「ティ」などの言葉の使い方は、母音+子音では表現が難しいこと。
それよりも、この編纂作業のときに、「T」が使われなかった、ということが一番の原因です。
ハワイアンのCDを聴いていると良く出てくるフレーズで、一緒に考えて見ましょう。
「Kuahiwi nani 'oe Haleakalā」
この曲は、「ハレアカラ フラ」という曲のフレーズ。
Kuahiwi=山
nani=美しい
'oe=とても
Haleakalā=ハレアカラ: Hale=家 a=助詞 ka=定冠詞 lā=太陽 すなわち、太陽の家、という意味。
です。
でも、ハワイアンミュージシャンの多くは、Kの音を、Tで歌います。
だから、
「テゥワヒビー ナニ オエ ハレアカラー」
ってなかんじ。
Tサウンドは、その語源をマーカサス、ニュージーランド地方にもつ、いわゆる「トケラウ方言」として、現在も残っています。
ティリーフという、葉っぱがありますが、これは、「Ti」と書きますが、実際は「Ki」といわれる場合もあります。
日本語もその都度教科書検定というのがあり、日本語が見直されてきました。本来持っていた日本語の発音は、江戸時代以前のものとは大きく違うようです。
そう考えると、ハワイ語も、とっても奥が深いですね。
今日紹介したのはごく一部。
ハワイ語のお話は、私のレッスンで、しっかり、じっくり教えてあげます!
ヒロ博士より
この島のことを・・・。
ハワイ諸島なかで「The Target Isle(標的の島)」
といわれた島。
歴史を語ったら、また話が長くなるので、少しだけにしときますが、
1990年にハワイ州に自治権が譲渡された島です。
1993年から武器、地雷などの撤去作業と、環境復興が行なわれていますが、水中に関しては、依然として危険度が高いようですが、少しずつハワイを戻しつつあります。
考古学的に重要な文化財が544箇所もあるそうで、いずれ見に行きたいですね。
っとその前に、この島のチャントを勉強しようかな。
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