10時45分開始(雨天決行)
入場料:無料
ちなみに、4枚組で60ドルです。このごろは、日本でも翻訳版が日本語で発売されているようですが、価格は1万円ぐらいするそうです。
今年も現地で見ていますが、DVDで見ながらゆっくり振り返るといろいろおもしろいですね。
なぜ、このハラウが点数を高くとるのか、ジャッジからの評価が高い理由は何か?を分析していきます。
DVDだけで、全部見るだけでも13時間ぐらいかかるわけですので、ただ、「とてもきれい!」と見るだけではあっという間に飽きてしまいます。
どこに着目してみるか。ですね。
是非、皆で見ながらで意見しながら、みてみると、絶対に楽しいはずです。
今日、次回の「ハワイに恋して」のミーティングがありました。
っとその前に・・・。もはや毎日のように再放送をやっていますが、みなさんはご覧になりましたか?
次回からハワイ全島をめぐりながら、楽しいところを紹介していきます♪
あっと驚くタレントさんも登場予定!です。
フラのレッスンもこれから週2回~週3回。 何回レッスンをやっても、5000円です。
うまくなりたい人は、ぜひご参加ください。
今回ほどKumuの本気を感じたことはありません。
当然、Kahikoは、何度怒鳴られた(笑)ことか・・・。それはいつものことなのですね。
アウアナについては、時間を見ながら、Traditionalを伝えてもらった。
ちょっとリクエストをさせてもらって、Aunty Genoa Keaweの曲から。
Aunty Genoa、今まではあ・ま・り・興味がなかったのに、久しぶりにマジマジと聴くと、
こんなに楽しいとは思わなかった。
まわりまわって、スタート地点に戻る。そんな気持ちでした。
Halauから出発しなければならない15分前まで、ずっと伝えてくれました。
時間のある限り・・・。
Kahikoでは、とくに、Au Aiaについては、
「これはごく限られた人のみしかできない。他の人には絶対に伝えてはダメ。もしくは私がよいと言った人だけ」
曲数もともかく、伝えてもらったものを、次の世代に伝えるためには、確実に消化しなければならない。ハンドモーションではなく、ハワイ語、歴史的背景、作詞者・・・。
クムとの関係もとても前に進みながらよい師弟関係を築いている感があります。
直接伝えてもらう、というものと、Youtubeからモノマネする、というのは全く違う。
'Uniki Hulaのために、自分がその番になるために、伝えてもらっているから、他の人がどう伝えているか、ということは、自分にはあまり関係がない。
ちなみに、コンペティションを目的とするハラウやサークルがあったとしても、Keawahouでは、それを目的としない。
「Hulaは生活と密着するものであって、コンペは生活と密着しない。」
生活にはお金をかけない。つまりフラはお金では買えない。
今回もKumuが話のなかで、とても怒っていたのは、
メリーモナークのエキシビジョン&ホイケに、なぜ日本人だけが、たくさん出演するのか、ということ。
それと、日本で行われるフラのイベントには、出演料を1人5000円も、1万円もとるのか?など。
「日本人の●●というプロモーターには絶対に近づくな」とか、実際の部分を本音で教えてくれる。
それは日本人だけなく、「ハワイの●●のクムはおかしい」とかも含めて。
Kumuは客観的な事実を知りたがるので、その事実をありのまま見せてあげるととても喜ぶ半面、なぜか、目の前で怒るので、ちょっと怖い(笑)
とにかく、しっかりと。体力、精神、スピリチュアル、すべてを満たしていかなければ。そんな気づきを久しぶりにもらいました。すべては自分の成長のため。
昨年 他界された Kumu "Uncle" George Naope(ジョージナオペ) と共に、Merrie Monarch Festivalを作り上げた、Kumu "Aunty Dottie" Dorothy Thompson が肺炎のため、88歳でお亡くなりなりました。
その次の日・・・。
Halau Hula Kahikilaulani(カヒキラウラニ)のKumu Ray Fonseca(レイフォンセカ)が心筋梗塞のため、56歳で急逝されました。
来週からのメリーモナークフェスティバルでは、カネ・ワヒネ共にエントリーしています。出場前の突然の出来事。
今年のメリーモナーク。私は明日から行ってきますが、追悼の"メリーモナーク"です。
Kumu Ray が主催するUnikiに参加したのがもう3年前になります。私の2人目のKumuである Emeryは、Kahikilaulaniに所属していました。その後、Uluhaimalamaというハラウを主宰。
私がそこにしばらく所属することになりました。
Rayが日本に来た時は、このKeawahouに興味を持ってくださって、イベント参加に声を掛けてくれました。
Hulaとどのように付き合っていくか、私の中でのHulaとは何か?本当に考えていく時期なのだとおもう。
Pa'uですが、'Ohekapalaをやって自分で作っていきます。
フラをやるのには、まず、スカートを自分で。これはKeawahouでは基本です。
無事、約3ヵ月間のハウマナとしての試用期間(人によっては1年以上の人もいますが)
を終了し、Haumanaになった人には、KeawahouのPa'u作りをやっていきます。
Pa'uを作ること。これは、このハラウのハウマナとしての第一歩を踏み出すことです。
パウをはいて、ハワイアンを身に纏えば、気持ちもハワイ人になります。
そうなれば、今少し前までの、小さくまとまるような気持ちから、
大きく自然を抱く、広がるような、おおらかな気持ちになるはずです。
「サインランゲージ」といいます。喋れないからこそ、手を使って、表現をしていく。
振付ではない、フラが持つ「意味」を表現すること。
フラを踊るときに、考えてみてください。
あなたの眼下に広がる、フラの情景を。
難しい言葉で言うと、記銘力を高めるだけではなく、その繰り返しによって、しっかりと細胞レベルで覚える必要がある。(クム曰く)
研ぎ澄ませなければならないわけですね。
レッスンで教わったことに満足を得るのではなく、
覚えてもらわなければならないことがたくさんあります。そうでなければ時間の無駄。
あなたにとって、ではなく、伝える側のわたしにとっても、なのです。
時間はお金には代えられません。
つまり、お金によって、レッスン費用を買っている、という考え方のハウマナであってはなりません。
それなら、伝える側も「返金しますので、もう来ないでください。」と言います。(クム曰く)
クムが帰ってからかなり時間がたちました。1度伝えたことは、復習はしません。
同じことを再度教える動作を続けていては、前に進みません。2時間以上かけて、クムに教わったこと、そして紙を書き、動画をとる人もいたし、わからないことはその時質問しているわけですから。
教わることが当たり前、ではなく、まずは自分自身で覚える努力をし、自分自身で、次のレッスンまでに、自分のフォームをチェックしてもらうために、練習をして、覚える。
それで、「レッスン」で修正していく、という繰り返しになります。
クムが再度きたときに、この前の復習をお願いします。ということではありません。
このごろ、入会された皆さんは、
「自分たちがかなり恵まれた環境にいる」という自覚が欠如し始めているかもしれません。
慣れてはいけないのです。
レッスンは「練習の場」の提供ではなく、「授業の場」ということを、絶対に忘れてはいけません。
練習をしている人は、必ず変わっていきます。これは勉強なのですから。
そういえば、先日、都内で行われたショーを見に行ったことをきっかけに、Hawaii Aloha Academy のKumu Kalani Poomaihealani からよく連絡が来ます。
ルーツをあがれば、兄弟ハラウということにもなります。
くだらないことを電話で話をしたり、メールをしたり・・・。今日からハワイに帰っているようです。
本当につながっているのだなと、考えます。
Kalaniの歌声はすばらしい!エンターテナーですね。
基本的にハワイのクムフラはだれでもウクレレも弾けるし歌もうまい。
うちのクムから、「もうCDではやるな」あれはリズムを崩すから。
というお達しもあり、それは当然なのでしょう。
指導するということは、教えられる時にどう教えられたいか、ということにつながる。
まずはイプヘケのPa'iが分かったところで、ウクレレも不可欠。
試してみるのではなく、やらなければならないのです。
"Aloha Hiro,
Uncle George had a beautiful funeral service. It was decorated with many flowers and leis and lots of large photos of Uncle George all over the stage. Many people came to pay their respects. There was beautiful mele and dance from many halau. Quite a number of Japan Kumus were there also. Please take care of your health. Keep in touch!!!! Kumu Lori Lei"
っとそのころ、ハラウでは、ipuheke作り。もう、粉まみれになりながら、頑張っています。
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経験は1度でよい。
これは何事も。
2年前、ティリーフの育て方、増やし方を伝え、レイの編み方を伝えたハウマナ達。
一生懸命やりすぎたおかげで、ティリーフが増えすぎ、ハウマナの家中、植え木だらけ。
もちろん、ティ(ハワイ語では、La'i)だけでなくKupukupu, Maile。今年の夏は、Ipu。
「わぁー、楽しそう!これが本物なんですねぇ~~~」
などと、黄色い声を出していたのもつかの間、1年経ち、2年経つと、生活の中にどっぷりフラが溶け込んでいて、植物との生活、自然への感謝は当たり前のことになり、たとえば、私が、プレゼンテーションのためのレイの形状、場所、大きさ、デザインを言えば、もうみんな各自で作れる。
「楽しい」という声がなくなり、「疲れる・・・。指痛い・・・。」という声に変わってきました・・・。
うーむ。。。。
子供に、ピアノを習わせたり、そろばんを習わせたり、書道、水泳そのほか。
多くの習い事は、必ず目標があるはずです。
社会に出ても、実用的な能力を養うために、その多くは役立つはずです。
そして、それは必ず日常生活に密着しているはず。
塾に通うことも然り。英語もコミュニケーションの手段、術なのですから。
運動系は体を鍛えることにつながります。
ピアノは芸術性でしょうか?リズム感、音感、でしょうか?
私たちのフラも、全く同じです。
ハワイ語の解釈だけしっかり理解ができれば、必ず分かるはず。
Oliで、Meleで、伝えたいことは何か?
大自然に育まれた人間との共存。人を愛する気持ち。
日常生活でいつも持っていなければならないことです。
そうでしょ?
なぜ、フラをやっている人は自然な笑顔が、湧いてくるのか?
エアロビックダンスのような強引な笑顔作りとは楽しさの表現の根本が違うのです。
ハワイ語の理解は真っ先に取り組むべきです。
でも・・・。
フラがうまくなったら、今度は他の国の舞踊をやって・・・。という、単にダンスが好きな人は、
フラで伝えたい気持ちは、理解してもらえないかもしれません。
うまくなるのは、ハンドモーションではなく、それを生活の中に取り入れること。
つまり、フラは踊りではなく、生活そのもの。フラがうまいということは、生活がうまくいく、ということにつながる。
すべてはバランスなのです。
「Ka pua mai 'ole i ka lā」 その花は、太陽の日差しにも決して枯れない・・・。
トラディショナルなチャント、Kalākauaの一節。「その花」とはカラーカウア王のことを指します。
2年前にKeawahouでKeikiに伝えたKalakaua。He Mele No Liloとしてうたわれていますね。
久しぶりにLilo and Stitchを見ながらMarkの曲を聴いていました。あれから2年も経つと、そのハワイ語がほぼダイレクトに頭に入るものですね。
なぜ、Lilo & StitchがKalakauaの曲が選ばれたのか?その理由が、初めてわかるような気がしました。
「Never Fade the flower・・・どんなことがあっても、その花は枯れない。」
どんなことがあっても。
なぜ、「ハラウをやっているのか」と、このごろよく訊かれます。
私自身、なぜハラウを主宰することになったのか、その経緯は複雑で、その理由も説明できるほど単純ではありません。
ハラウを主宰している目的。
日本は江戸、明治の時代から現代にいたるまでハワイ(羽合)と非常に深い関係があります。
歴史の一端を取り上げたらきりがありません。表面上の歴史を学ぶことは、教科書やインターネットでできます。
しかし、生活環を学ぶことはなかなかインターネットではできません。
太平洋の陸の孤島であったハワイは、ヨーロッパが全世界を駆け巡る時代に、自然の中で土着の生活をしています。当時、「まるで石器時代」と比喩されたハワイ人の生活。
フラはそんな大地の恵みを描写するための、表現方法であったり、
その王の偉大さを表現したり・・・。いずれにせよ、そこからのメッセージはとても重たいものがあります。
このごろレッスンでやることの中に、
「手をこすり、暖かくなった手のぬくもりを感じ、その手に言葉を乗せて伝えていくこと」のイメージを伝えています。
フラをはじめとして、文化とは、作られたものではなく、生活に育まれていくものである。
すなわち、現代社会の中でフラは、マッチしなかればならないし、逆に言うと、普段の生活の中にフラが生きていかなければならない。
フラは踊りそのものではなく、踊りに関わるすべてのことをフラと表現される。そう考えると、フラはアロハそのものと言える。
そんな気持ちをKumuは伝えてくれたし、他と比べることなく、自分と自分のハラウのことだけに気持ちを入れて、伝えていくことが重要だとおもう。
この気持ちは、すべてのハウマナに理解してほしい半面、伝わるのはきっと1~2名。ごく少数でもよいと思っています。
日本だって、伝統芸能を継承するのは、一人の師匠が弟子を数名。
フラだからといって100名もいらない。
ケアバホウでは。ね。
今日、フラコンベンションが終了しました。コンベンションの前に行われていた、Na Ponohulaから参加しましたので、9日間の参加でした。
明日からカウアイ島へ移動し、Kumuチャールズから講義を受けながら3日間を過ごします。
コンベンションでは、100名以上のクムが知識をシェアしてくださいました。本当にありがとうございました。
さて、日本からのハワイ観光客は、減少の一途をたどっており、まず、今年2月にホノルルのハワイ観光局の日本の...
クムフラ・John Keola Lakeは、2008年5月14日、5年間のがんとの闘病生活後、逝去されました。
クム・ケオラはOliのCDを数枚残しております。私の目標とするKumuの1人。
Kumuは、ストーリーテラー(Story Teller)であり、歴史そのものであり、知識そのもの。
その歴史を次の世代に伝えていくのが、私たちの責任でもあり...
「ブーム」とか「流行」という言葉がありますが、この場合、必ず「流行り廃り(はやりすたり)」があります。先日も、広告会社の方から、「いまはフラがブームですよね・・・。すごいですね・・・。」と弁。
ハラウケアバホウは、ハラウを「ブームだから」という理由で、開いているわけではありません。例えば、お寺巡りがブームだからといって、お寺の数が増えるわけではありませんよね。
ハワイでは...
一番嫌いなことです。いいところばかり、つまみ食いして、ごたくを並べる。
Tiを育てているハウマナは、わかるはず。
一朝一夕に、葉は育たない。
気持ちが先行してはだめ。
体が先行してはだめ。
精神的に先行してはだめ。
バランス、調和。
いいことばかり言っても、結果が駄目だとそのプロセスすべてが否定されます。
私たちが探求しているものは、「Hulaの本質」
つまり本質を学び、習い、伝えていくという過程において、
それを歪曲するようなものは、Halauにとって不要のものです。
日本には、フラの「愛好者」といわれる皆様が、100万人ほどいらっしゃいます。
雑誌も数多く発刊されています。
これらフラ「愛好者」の指向はさまざまで、これはハワイのフラ愛好者でも同じことです。
ハワイ人にとって、Hulaは非常に特別なもの。Liholihoが半世紀もの間、禁じたフラを、Kalakauaが文化を復興。
それだけではない。
Lili'uが引き継いだ王政を、半ば強引に、白人社会が占領(100年後にアメリカ政府はこの政治的政策を正式に謝罪している)
現在に至るまでの非常に重い歴史があるもの、なのです。
日本でも歴史的なものを大切にする事変は、たくさんあります。
極端かもしれませんが、先の大戦のことも含め、そのことは、実体験をしていない私たち世代であっても、いつも心のどこかにあり、そして、それはこれからも永遠に受け継いでいかなければならないこと。
ハワイ人にとってのフラは、「先人から受け継いできたものを、永遠に伝えていく」
という、プロセスにおいて、これらの感覚と同じかもしれません。
これが、フラダンス、なのです。
あなたは、イメージができますか?
自然に感謝をし、受け継いでいくもの。レイをはじめとした、自然との営みから、ハワイ語、そして、ハンドモーションの考え方そのもの。です。
私は日本人ですので、「あなたはハワイ人ではないから、そこまでやる必要がない」と、いう人もいますが、その人には、おそらく「宗教心・スピリチュアリティ」を持ち合わせてないから、理解することができないのかもしれません。
「ビジネスにつながるのであれば、フラだってなんでもあり。顧客優先」と考える人もいるでしょう。
もしそうだとしたら、ビジネスが衰退し、顧客優先となった場合、その「フラ」はフラではなくなる。
何度も申し上げているように、フラは、ビジネスではなく、生活そのもの。
お金をもらって、その対価として伝えるものではない。というのが、Hula Halauの考え方です。
ハラウのハウマナだということを忘れてしまう人は、たとえ、ハウマナであっても、いずれ、このOhanaから、いなくなります。
私がハワイが最初にフラを伝えてもらった、クムは、ハワイで生活保護を受けていますが、
フラは別。
そして、たくさんの恵まれない子供たちを養子に迎えて、大家族として生活をしているのです。
楽しく踊る「フラダンス」を習得したいのであれば、このハラウには来ないでください。他のフラ教室に行ってください。
なぜなら、このハラウは学校そのもの。
私が伝えるのは、楽しいフラダンスではないからです。
私もフラ初心者だった時期があります。
私がフラと出会ったのは、20歳後半。
とあるフラ教室に、当時の私の仕事で、縁があって入りました。
思い起こせば、人間関係、金銭面でドロドロの様相を目の当たりにし、造花を買わされ、まとい、
似て否なるフラをしていたものです。
Hulaではなく、「fura」かな?
観光で行ったハワイ島で、私の最初のKumu Hulaに出会い、プライベートレッスンを2日だけ受けた。
「自分が今まで日本でやってきたフラは、一体なんだったんだろう?」と思い、帰国。
すぐにフラ教室を辞めました。
本質を知ることだけに傾注し、ハワイ島でレッスンを引き続き受けるための方法を、考え、
最初のうちは、ハワイに年間5回。一回当たり半月の滞在で、行き続け、
入国が頻回になり、イミグレーションから入国審査「別室行き」経験しながらも、観光ビザで行き来を続けました。その後、ハワイ島での仕事が見つかり、仕事で赴任しながら、行き来が出来るステイタスを持つことが出来ています。
たぶん今のご時勢では、無理なことでしょう。
ハワイ島を含め、ハワイには、たくさんのKumuがいます。
これは、日本舞踊で考えれば、たくさんの家元の先生がいることと同じ。
お寺の修行と考えれば、どのお坊さんに、付くか、というのと同じです。
大切なのは、自分にあった先生を見つけることですよね。それはHulaも同じ。
自分がステップアップし、もっともっと、知りたい、勉強したい、と思えば、それに答えてくれる先生を探す。先生も共に成長していれば、その先生と共に、大きくなっていく。
その点、「私にとって」は、物足りなさがあったり、また人間関係に苦しみ、最初のHalauを辞めました。たくさんのきっかけをくれたし、とてもたのしかったけど。
私はKane。だからWahineのsisterが思うよりも、悩みが多かったですね、きっと。
ハラウから離れた時期が1年続きました。その間、日本に帰っている時に、ハワイのハラウの日本校というところに在籍をしたこともありますが、自分の期待とは大きくかけ離れていました。
「Kahikoのレッスンをするには、レッスン費用が倍です。」
というハラウなんて、ハワイにはありえない。
その後、ハラウに所属することを考えず、知識を深める期間を持ち、その後いくつかのHalauを経験し、最後のハラウはハワイ島HiloのHalauに所属しました。
昨年よりKumu Charles Ka'upuが監修してくれるKeawahou。
今こうして、毎週毎週、連絡をしてくれ、気にかけてくれて、Halau Keawahouを面倒を見てくださり、私たちを育ててくれる。
ただ単にフラだけでなく、人間性も全て。
形式だけ「ハワイのクムフラ主宰する日本のハラウ」ということではなく、
名実共に、クムが指導をしてくれる。
いくらハワイに住んでいた時ても、Kumu Ka'upuにフラを伝えてもらえるチャンスはなかったし。
伝えてもらえることを、しっかり理解し、それを後世にも伝えられるように、人間性を育まなければならない。
ハラウが嘗ての「Halau」である以上、私やクム・チャールズが考えているような方向性に導いていく。
周りがどう言おうと、どう考えようと、それは全く関係がないし、興味がないこと。
逆に考えれば、同じ方向を向いている人は集まり、
ぶれている人はそれを修正するか、修正できなければ、離れていくのは必然です。
「自分にとって良いハラウ」という、自己の主観と、
「みんなから良いといわれるハラウ」という、他人の主観によるもののは全く違う。
間違えて門を叩いてしまった後、たくさんのお金を払っちゃったから、辞めるに辞められない、というのはよくある話です。
とかく、人が集まっているハラウは良いに決まっている、と思われがちですが、どの面が自分にとってよいか、ですね。
Mauiにあるチャールズのハラウは、ハウマナが5人だけです。それ以上は取らない。
全員に均等に指導が出来ないから、という理由もあり、その点においては、Keawahouは人数が居過ぎなのかもです。
ハラウはフラサークルとは違う。入るも、出るも、全てクムが決める。
嘆願したところで、簡単にハウマナになれるものではなく。
生徒にするかしないかも、クムが決める。
人数が多くなればなるほど、自分が思っているような指導が出来なくなる。
だから、その前に、日々成長をして、次のステップに行ってほしいのです。
今月からHo'opa'aのレッスンを再開したのも、私が考えている'Olapaとしてのステージから、登り、また、ハワイ語、Oli、レイメイキング、イリイリ、プーイリ、イプ、ウリウリ、シェルなどが扱えるようになった2名。そして、次のステップに進み、将来、自分のハーラウを持ち、独自にフラを解釈し、伝えられる人を育てていく、という段階に来ています。
よく「踊りをそろえなさい」とか「振り付けをそろえて」いう言葉を日本で耳にしますが、そもそも、1人で踊るフラに、踊りをそろえることは出来ません。表面的には出来るでしょうね。エアロビック選手権のように、形や姿勢の綺麗さを競うのであれば。もちろん、これで評価を受けることに吉とする人もたくさんいらっしゃいます。それはKeawahouの考え方と違うだけのこと。
フラは根本的な考え方が違います。神事として成立しているフラは、感謝の祈りそのものですので、祈り方はそれぞれ。メリーモナークフェスティバルをご覧になれば、わかりますが、'Oliは全員が違う動きをします。1人として全く同じ動きをする人はいない。すなわち喜怒哀楽の表現方法は
1人1人違うのです。
大切なのは、もっと深いところにある気持ち、「スピリチュアリティ」と「メンタリティ」。その感情、魂的なものが、その曲の意味を理解し、聴いた時に、想い描くイメージ。これがHula(Dance)と共にあることなのです。
まず、気持ちを持つこと。
Keawahouでは、衣装をそろえること、振り付けをそろえることに重点を置かない理由はここにあります。
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ハラウでは、仕事とフラを両立させることを推奨しています。それは、フラで養った考え方を実社会でも反映させたり、また、実社会でのことをフラに映してみたり。この繰り返しを行う過程は、自分自身を成長させていくからです。クムフラ然り。
通常、学校では、毎日毎日新しいことがあり、少しずつ階段を上がっていくように、学ぶことがたくさんあります。だから、飽きない。
新しい漢字を習い、新しい考え方を養う。小学校からずっとそのプロセスを踏んでいきます。
仕事では、もし、毎日同じ作業の繰り返しの仕事の場合、慣れてしまえば3ヵ月後からはほぼつまらないことの繰り返しに近い。これが「社会」といえばそれまで。この社会には不可欠な、このような仕事もあることも分かります。もちろん、私も現在までに、この過程を経ているし、現在も同様の社会の役割を担っている一員でもある。
仮に仕事が8時間だとしたら、24時間の中に、その8時間にどれだけ力を込めているか。
まだまだ、余力があるなら、残りの時間を学びに費やしてみたらどうでしょうか?
これは、フラだけではありません。何か新しいことに、踏み出してみたらどうでしょう。
小学校から高校、大学と、引かれているレールの上を歩くことに慣れてしまうと、
「学び」そのものは、「与えられるもの」という錯覚に陥る。
本来、学びは成長のチャンスであり、そのチャンスは自分から求める時のみ、与えられるものなのです。
Keawahouでは、「フラは学び」です。
フラをやり始め、3ヶ月、1年と過ぎた時、そのレッスン内容が入会した時と、同じ、ということはありません。
成長に応じて、レッスン内容、指導内容はもちろん変わっていきます。
だから、「私はフラを3年やっています」とか「10年戦士」とか、自分の偉く見せたり、
先輩風を吹かせる人はいません。
3年やっていても、10年やっていても、たとえ半年やっていても、それぞれのゴールは違うのです。比べることではない。
成長をやめ、自分をその場で留まることを考えたときに、一気に保守的になるものです。
いわゆる「肝っ玉がちいさくなる」といこと。
今、ケイキでは、とても長いチャント('Oli)にチャレンジしています。Makuaでも、チャントを一生懸命覚えている人、レイを家で練習している人がたくさんいます。
こうして成長を続ける姿勢を見ているのが、とても楽しみです。
8月にクム・カウプが来日しますが、今回は本当に盛りだくさんになりそうです。
「Ohekapala」作り。
そして、Pa'uを縫います。
オヘカパラとは、ハワイ人が、布(タパ・カパ)にデザインをつけるために、竹のヘラをつくり、デザインを彫って、植物や岩などの染料で、染めていく技法。
このまえ、メリーモナークフェスティバルのエキシビジョンで、Halau O Kekuhiの、Kekuhi Kanahele の旦那さんである、TangaloのハラウのHo'ikeを見ました。Naniloa hotelで。
タンガロのハラウのパウはもちろんオリジナル。Ohe kapalaを、自分達で作り、Tapaを縫い・・・。
そしてそれが、日本で。な・ぜ・か・新潟県新発田市でやります。
だから、ワークショップという言葉ではなく、「Kumuによる授業」です。
ハワイ語で、Kumuとは、「knowledge」とも言います。つまりクムは知識そのものであり、
その知識を驕(おご)ることなくことなく、伝えていく人のことを指します。
この意味を分かってくれますか?
さて、Kahikoの曲は決まり。
あとはAuanaの曲を決めて・・・。
あと、Oliの授業は、これもまた長くなりそうです。
それに、Ohe Kapala、
Tapaを染める技術の習得・・・。
ちなみに、Kumu Ka'upuの授業料と滞在費を分割しても、
5日間、40時間ぐらいの授業で、Olapa1人当たり10000円程度。
あとは、Halauで負担。
Alohaは、「お金では動かない」。「気持ち」が第一。
逆に言うと、うわべだけの人は、いくらお金を頂いても、家族にはなれないし、家族にしない。
これは私の意向でもあり、Kumu Charlesの意向。そしてHalau Keawahouのルールです。
Kumu au'pu Charlesに感謝、というか、言葉では言い表せないぐらいの気持ちでいっぱいです。
この機会を与えてくれたことに、感謝。
そして、フラットな気持ちで。
ステップアップを目指しているハウマナを対象に、Ho'opa'aレッスンを開始します。
Olapaから少しずつ卒業していかないとね。
しっかり教えたいと思います。
6月より東京の会場が、下記の通りとなります。
・北とぴあ(北区王子1-11-1)もしくは、
・ユートリア別館・すみだ生涯学習センター別館(墨田区東向島2-28-5)
※東京の会場は都合により変更する場合がございます。
レイで使った植物をどうするか。
いつも、自然に返すのですが、幹がついているもの、特に木から採取したものは、まだ生きているし、それをすぐに自然に返す、というのも、もったいない気がします。
ってことで、
「挿し木」をして、育ててあげましょう。こんなにたくさん増えてしまいました。
ハウマナは、全員Tiを育てていますが、最初は、根っこも出ず、葉っぱもでず、不安だらけの2週間を過ごすと、天塩にかけてあげればあげるほど、植物は期待にこたえてくれます。
いまだ、1人も失敗せずに、葉を出しています。
そして自分が育てたTiで、自分のレイをつくる。
このごろ、TiやKupukupuを育てながら思ったこと。
こうして、育てていく自然資源は、私たちが生まれる前から、このHonua(地上)に存在して、
私たちがこの世からいなくなっても、生き続けるんでしょうね。
I luna la i luna, Na Pua o Ka honua
Ha'ina Mai ka puana, A he nani ke ao nei....
自然が自然を育んでいくこの連鎖は、永遠に続いていく。
自然とともに、人間があって、
そこに「Keawahouが考えている、自然との共存・Hula」を(日本人であっても)持っていてもいいはずです。
明日からカナカオレスタジアムで始まるフラコンペティション。
明日は、エキシビジョンですが、その舞台に、お邪魔しました。
写真に写っているのは会場設営の責任者の方。ゴメン名前わすれた。
それと、Kumu/CharlesとHiroの3人。
この舞台で、踊るんですねぇ・・・。
テレビで映っているバックステージも、写真の通り。
私はオラパだから・・・。と自分で線を引かないこと。
大切なのは、自分がフラを伝える番になったときに、何をどう伝えるか?
もし、あなたが、記憶力が良くて、フラの振り付けが大好きだとしても。
イプヘケができなかったら?
ウクレレができなかったら?
レイが作れなかったら?誰かに頼まなければならない。
生徒にハワイの知識を授けるのがフラハラウのクムフラだとしたら、
クムフラになって、指導的な立場に立ちたいと思うのであれば、
自分のクムフラがしてくれたことの一辺倒は理解しておきたい。
チャールズが、「あまりウクレレすきじゃないんだよな」ってよく言いますが、
もちろん好き嫌いはあって当然です。
ハワイの文化を恒久に継承していくとした場合、
私のところまで伝わってきたものが、
私で途切れてしまうことはイヤ。
だから、ウクレレもチャントも、ハワイ語の理解を中心としたメレの理解は不可欠と思っています。
23区内で通常レッスンを再開いたします。
フラを基本からもう一度学びたい人、ハワイ語を勉強したい人、レイを作りたい人など、
建学の気持ちをお持ちの人は、メールにてお問い合わせください。
hula@halaukeawahou.org
個別レッスンにて、体験レッスンをお受けいたします。
今の少人数の段階の方が、一人ひとり、個別に教えてあげられることができます。
小さい頃からフラを習う。
まだ、自分のことを自分で決められない子供は、その習い事の内容を親が決めていく。それは親の教育指針でもあり、親のエゴでもある。こんな子供にさせたい、と思い描き、小さいころから習い事に慣れ親しむ。特に芸術事、音楽活動や舞踊などは、小さいころに慣れ親しんだことが教養活動にもなり、一生涯、気軽に楽しむことができる。ピアノ、エレクトーンなどの鍵盤楽器は、学校に常備されているし、友達と「ねこふんじゃった」を弾いたり、また、大人になっても、ちょっと触ってみることができるし、その活躍の範囲は広い。
一方、公文や学習塾は、学問を楽しむ、というよりも、これから20歳前後まで続くであろう学業を円滑に進めるための手段であって、この場合「問いに対する答えを導く」ことが学習塾などの学びは、学業生活に反映されなくなる20歳ごろには、多くはその役目を終える。ちょっと特別なのは、「英語」。英語を勉強する、とよく言いますが、英語は「言葉」であって、本来は、勉強する、という使い方よりも、「英語を使えるようになる」という方がもっと適切。しかしながら、英語を学校の授業の一部として考えた場合、どうしても、前述のような、「答えを導く」という作業に追われ、高校を卒業するころには、「英語が大嫌い」になり、見たくも無くなる。しかし、本来の英語においては、本来、それが"うまくなる"目的ではなく、コミュニケーションの手段として、使えるようになることが大切なのである。
子供たちが、フラを習うということの目標は、どこにあるか?親たちは、フラを通じて、子供たちに何を授けたいと思い描くのか。子供たちが踊れるようになることで、「単純に楽しい」という楽しさを引き出す役目だけではなく、フラを通じて人間の成長、レイを作り、自然との調和を考えられ、豊かな人間性を育む、そんな、教育の一部として、ハラウを活用してほしい。
クムフラ・チャールズカウプが来てくれた時の写真をギャラリーにUpしました。
http://www.halaukeawahou.org/gallery/index.html
フラ中の写真がほとんどない・・・。それもそのはず、ハウマナはフラ中ですから。
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このハラウケアバホウが得意なものは、いくつかあります。
フラカヒコとよばれる、古代ハワイから伝わる伝統的なフラスタイル。そして、レイメイキング。
レイメイングで必須のシダ。ハワイではパラパライというシダか、パラァというシダを使います。
そして、Tiリーフ。
これらは、このハラウスタジオで栽培、ハウマナが各自、苗木を育てています。
その延べ本数は80本程度。
はい、いつでもレイを作れるように、材料も確保。もちろん無料ですよね。
そして、月1回以上はレイメイキングを行っています。
ちなみに、今日も作ってみました。
レイとして使い、そして使い終わったら、自然に戻し、また苗木から育てる。この繰り返しです。
レイメイキングはやっていればうまくなります。これもフラの一部。
自分でやることで自然に感謝をする気持ちが生まれるし、植物を育てれば、その愛おしい気持ちが育まれます。
自分たちの得意分野を少しずつ増やしていく、そして、フラを通じて豊かな人間性を養ってほしいと思っています。
クム・チャールズ曰く、「偽物のプラスチックはだめだよ。全く意味ない」とのこと。
同じことを考えていて良かった。
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昨日のこと、朝9時にクム・チャールズカウプから
「今東京にいて、AHA(アカデミーオブハワイアンアーツ)の公演で日本に3日間いるから、連絡して」
とのメール。
ってことで、昨日のレッスンを急遽、Bunkamuraオーチャードホールでの公演観覧ということにして、行ってきました。
公演内容は、カヒコはノンストップ30分。
アウアナは、古きワイキキで観光として行われていたフラショーを再現。
ハパハオレが大半で、いわゆる「フラダンス」を観光資源としてワイキキへの観光客誘致を政策的に行っていた時代のの、再現。
AHAのパフォーマンスでありながら、古きハワイアンを再現したショースタイルにちょっと戸惑いがありました。正直
で、公演後、チャールズに会いに楽屋にお邪魔しました。
チャールズと話をしていると、そこに、クム・マーク ケアリイ ホオマルもチラッと。
挨拶と握手だけ。
クム・チャールズからは、今回の公演のコンセプトを聞き、また、感想を求められました。
「このコンセプトは、私が小さいころ、ワイキキで見た、フラダンサーの姿、その情景を再現したものなんだよ。曲と曲とのつながりが、続いていく、まるで映画のような感じを表現したかったからね。」との弁。
なるほど・・・。納得!
でも、舞台左右の字幕(チャプション)については、少し修正したほうがいいかも?ですね。クム。
AHAとのワールドツアーが終わったら、今度はHAPAとのツアー。
その合間に、NIIGATA。
私たちも、がんばらなきゃです。

'oli(オリ)を唱える。
フラができることに感謝をする祈り。
ハワイの神々に、自分自身のことをお願いをするお祈り。
自然に対して、その恵みに感謝をするお祈り。
そもそも、森羅万象のものに感謝をする考え方は、日本古来のものと同じ。
山の神、海の神。
畑の中や田んぼの端に鳥居が立っているのは、神に感謝をするためであり、
全ては自然の恵みに感謝をするという、神事といえる。
たとえば食事。
食べるのではなく「戴く」
その気持ちは、神道でなくても、日本の生活習慣そのものであり、民族性に由来している。
節分、ひなまつり、彼岸。
全てに感謝をもつ心。優しい心。
島国ならではの考え。恵みのもとに、愛と感謝の気持ちをもつ、「やさしいこころ」が持っているはず。
フラをする。私にとってのフラは、ハワイ人の民族観、宗教観を理解することにつながりる。
すなわち単なる「エクササイズ」ではない。
カヒコは格好がいい??? なんて、そんなことはない。
アウアナは楽しそう・・・ そんなことはない。
大切なのは、フラから湧き出てくる、メッセージ。
このチャントやこのメレが、あなたに、伝えたいことは何か。考える。
単に、少しぐらい振り付けがうまく踊れたからといって、それは振り付けの記憶力がいいだけで、イコール表現することにならないでしょう。
使ったティリーフやモンステラを、自分で育て、また収穫し、その恵みを感じながら、レイを作り、身に纏う。
その優しい気持ち、メレからあふれ出る気持ちと共に、表現していきたいです。

ゴクラクチョウカです。レイを作り始めると、いろんな花材がほしくなるもの。
ってなことで、ハラウ栽培中のゴクラクチョウカを使ってレイポッオを・・・
大雪の新潟。レッスンは通常通り行っております。
あまり天候がひどい場合はレッスンを中止していますが、大雪といっても山側ではないので、市内は雪は積もらず、車道は、問題ないんです。
ただ、寒さが本当に寒いですね。雪は小雪が舞ったと思えば、お日様が照ったり。
新潟の天候ですから。
ハラウケアバホウのレッスンの方法は、90分の中に、チャント、ベーシック、カヒコ、アウアナなど全てが含まれるのですが、実際90分では終わらないのです。60分なんて、無理。
新しく伝える曲は、アウアナも、カヒコも同時に進行する場合もあり、それにチャントもあり。
もう大変です。
アウアナの曲の選択は、トラデショナルの曲と、現在ハワイで流行っている曲と、いろいろ選択します。
いい曲は歌い継がれる。そんなトラデショナルの曲然り、ナホクを受賞しそうな新しい曲も然り。
気分は高鳴りますね。
そんな気分も味わいながらも、カヒコもかなりしっかりやっています。
手と足のバランス、カヒコがうまくなればアウアナはとてもうまくなります。

King David Kalakaua said,
"Hula is the language of the heart, and therefore the heartbeat of the Hawaiian people."
ディビッドカラカウア王が言いました。
「フラは心の言葉である。すなわち、ハワイの人々の鼓動である。」

毎日寝る暇がないぐらい、忙しくしております。
感謝ですね。ホントに。
12月14日のイベントのアクティングを考えたり、
今はスタジオの内装のこと、カイカマヒネのメレを考えたり、
次回のオリを考えたり・・・。
ハワイでも、日本でも、いつでも考えていること、やっていることは同じ。
それは、フラであり、フラに関するすべてのことです。
レッスンの合間をみつけては、lei hiliをつくったり。
ティリーフは、私たちにとっては、今や簡単に、そして非常に安く手に入るし、
それに、スタジオでたくさん育てているしね。
というか、ジャングルになっちゃうぐらい。買う必要もなし。
スタジオは、
大きいミラーが4枚つけたし、
スピーカーは、上から音が出るように、そして、Bose製のこだわりのスピーカー
でも、私がいるときは、普段は、生演奏だけど、踊りながら指導する場合もあるから、
音源環境も大切。
それから、
その頭上には、KalakauaとLiliuokalaniが、私たちのフラを見守ってくれている。ジクレー仕上げでパネルを作るのは、私の専門域だから。
これも、こだわり。
この環境でフラができるようになるなんて、自分でもとても恵まれているとおもう。
皆様に感謝!
先月のコンペティションから、はや、ひと月。
残務が多すぎてなかなか前に進めなかったけど、
いよいよ、やりますよぉ・・・。
次なるステップに向かって。
私の場合のステップ、って、2つあります。
1つは、目の前の階段。
これは一歩ずつのぼらないとダメなやつで、上れば、ゴール。
日銭をもたらします。一歩あがると、お金が決まってて、その報酬がもらえる。まあ、目の前のご褒美みたいなもの。
もう一つは、ゴールがない階段。だから、ぼやーんとしてる。
だれも上ったことがないから、怖い。ご褒美がもらえるのか、罰がまっているのか、落とし穴があるのか、それもわからない。まったくなにも決まってないで、歩き始めなきゃならない。でも、もしかしたら、前人未到のものすごい世界が広がっているかもしれない。
そう、この2つを同時にやっています。
昔、競馬実況の「杉本清」さんや「大川慶次郎」さんが、メジロライアンという馬を応援したときの話。
"あなたの夢はなんですか?"
っていう有名な言葉。
私の夢かぁ・・・。
私にとってハラウは家。ハウマナは家族。
本当の意味での家族が大きく、育っていくこと。
全てはそのための、プロセスなんだね。
他の人の物真似でなく、自分でしかできないこと。
他の卑下することなく、自分が光を常に放つことができるように。
一歩一歩ではなく、信じこんだ道をハウマナと一緒に進む。
さらに、確信をもって、進もうと思う今日この頃。
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