フラを習うきっかけはいろいろあります。「楽しそう」とか、「おもしろそう」とか・・・。
日本には生まれながらに宗教心が薄れてしまっています。
「宗教」と一蹴してしまうと、誤解を生じてしまいますので、むしろ「信じる心」、「信仰心」といったほうがいいでしょうか。
目に見えないものを、信じること。ということに近いと思います。
日本でも「スピリチュアル」とか「スピリット」という言葉をよく耳にすると思いますが、
スピリットは、「魂」、とか「霊的」、と訳されます。
フラの中には伝説上の人物、昔話、物語のことが表現されます。
Peleの恋人だった、カウアイ島のLohi'auを見た人はいないし、第一、PeleのMeleはたくさんあるのに、すべて物語です。
Hi'iaka i ka poli o Peleや、Hopoeであっても。フラの神であり、自然の神であるLakaも、実在しているのか?と言われたら、科学的には実在しない。
日本だって同じです。
「ももたろう」、「かぐや姫」作り話かもしれません。天照大神も、実在しない。
閻魔様も本当にいるのかどうかさえ、分からない。
クリスマスのサンタクロースだって、その信憑性について語る難しさは、その立場立場によって変わってきます。
だから、あえて申し上げるとすれば、
Lakaはいつでも自然の中にいて、姿、カタチを変えて、自然のバランスを調整しながら、私のフラを見守ってくださる。
私だけでなく、フラに携わる人であれば、必ずそう思っているはず。
Kalakauaを賛美すれば、雨が上がり、太陽が照る。
Peleを賛美するには、Aiha'aで。
フラに関わるハワイ人は大人になっても自分の島に誇りをもち、フラに関する神々を祀る。
一方、日本人の中で純粋に「信じる心」を持っているのは、せいぜい小学生低学年まででしょうか。
ハワイ人は、大人であっても、「信じる心」を持っています。
私たちは日本人で、ハワイ人ではありません。たとえ「ハワイアンネーム」のような表面上なものを付けたところで、ハワイ人にはなれないのです。
結局形だけ、振付どうぞ、という感じでしょうか。
「魂」、「信じること」を学び、実践することから、内面からフラに向き合うきっかけを得てはいかがでしょうか。神道であり、仏教であり、それは日本古来の心の学習でもあります。ハワイ人の考え方は、神道にとても近い。もちろんハワイでも神道の神主さんは高い位に居るのです。
海外に居ると、日本人としての宗教心を持つべきと感じるもので、その後帰国してから、勉強と巡礼を重ねております。別に特定の宗派がどう、ということではありません。「仏教徒」としての気持ち、だけです。
こんな話をすると、嫌がる人もいるかもしれませんね。
日本人がタブーとする話だからです。なぜでしょう?
宗教心を持たない人間ほど、海外に住んだときに恥ずかしい目に逢うのです。それがわからないのは、無宗教の日本人だけなのです。
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